レバノンの首都ベイルート近郊で記者会見するゴーン被告=2020年9月(AP)

 特別背任などの罪で起訴されていた日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告(69)は、今も中東レバノンで優雅に暮らしているらしい。楽器の収納ケースに隠れてプライベートジェットに乗り込んだ4年前の逃亡劇は、映画の1シーンのようだった。

▼「コストカッター」の異名を持つゴーン被告が巨額の赤字にあえいでいた日産に最高執行責任者(COO)として乗り込んだのは、平成11年だった。サプライヤー(部品供給業者)の数を徹底的に絞り込み、購買費用の削減に努めた。

▼見事に業績のV字回復を果たし、「カリスマ経営者」の名声を得た。一方で「下請けいじめ」との批判も受けていた。その日産が、自動車部品を製造する30社以上の下請け業者に対して、納入代金の減額を強要していたことがわかった。

公正取引委員会によれば、違法な減額は過去数年間で約30億円に上る。日産はすでに業者側に減額分を支払ったという。取引の打ち切りを恐れる業者側は、常に弱い立場に置かれている。不当な減額が慣行として長年続いてきた可能性もある。

▼日産グループの創始者は、日本の近代経済史に名を残す鮎川義介(よしすけ)である。東京帝大機械工学科卒業の学歴を隠して、一職工として芝浦製作所(現東芝)で働いたエピソードを持つ。やがて自動車製造を含めた企業グループを作り上げる。旧満州での重工業開発に関わったために、終戦に伴って戦犯容疑者として巣鴨拘置所に収容された。

▼その後釈放された鮎川は、大企業の経営から一転して中小企業の育成を旗印にした政治活動にのめりこんだ。世界有数の自動車メーカーとなった日産が中小企業いじめに加担したと知ったら、どれほど情けない思いをするだろう。

 

日産の減額強要 下請けいじめの悪質さ(2024年3月5日『東京新聞』-「社説」)


 下請け業者への納入代金を一方的に減額したのは下請法違反に当たるとして、公正取引委員会公取委)が近く日産自動車に再発防止を求める勧告を行う。日産には30社以上に減額を要求した疑いがあり、減額分は計約30億円と同法施行以来最高額に上る見通しだ。
 立場の弱い取引先に納入代金の減額を強要したとしたら、日産の経営姿勢は悪質だ。公取委は過去にさかのぼって関係する取引を徹底的に再調査し、法に基づく厳正な処分を行うべきである。
 日産は公取委から指摘を受けた事実を認め、「減額分を業者に返した」と説明しているが、返金しただけでは問題を根本的に解決したことにはならない。
 日産は、取引停止を恐れる下請け業者は理不尽な要求でも応じることを見越して減額強要を繰り返し、経費削減を図っていた可能性が高い。自動車産業の代表的なメーカーによる法令軽視には、あきれるほかない。
 不当な減額要求が数十年に及ぶ疑いも浮上している。下請けいじめが長期間発覚せず、続けられていたとしたら極めて深刻だ。
 公取委は近年、大企業が価格転嫁に応じているか、価格交渉の監視を強めているが、念のため自動車業界だけでなく全製造業種を対象に、日産と同様の例がないか調査すべきではないか。
 今春闘では、大企業の賃上げを取引先である中小に波及させることが大きな課題となっている。中小の賃上げ実現にはコスト上昇に見合う適正な価格転嫁が必要だ。日産の減額強要は中小の賃上げという社会的要請にも水を差す行為であり、到底許されない。
 日産は公取委の調査とは別に、有識者で構成する第三者機関を立ち上げ、全容解明を図ることで社会的責任を果たすべきだ。
 国内の製造業は大企業と下請け企業との緊密な協力関係で成り立つ。下請けによる支えがあってこその製造業だ。
 日産の経営陣がそうした基本構造を理解していなかったのなら、これを機に企業統治の体制を刷新し、出直すほか道はなかろう。

 

米国の地理学者で明治期に日本を訪問したエリザ・シドモアは相…(2024年3月5日『東京新聞』-「筆洗」)

 米国の地理学者で明治期に日本を訪問したエリザ・シドモアは相当な買い物上手だったらしい。お得意の値引き方法について『シドモア日本紀行』に書いている。お店ではとにかく「高い」と日本語で訴えるのだそうだ

▼売り手が交渉に乗ってきたなら、なおも「たくさん高い」「オソロシ高い」「途方モナシ、高い」。この妙な日本語がコツで「大げさで古典的表現の日本語を使うと、商人はびっくり仰天し、往々にして値段が下がる効果があります」。ほほ笑ましいやりとりやユーモアが値引きに効果を上げたのだろう

▼ユーモアも人情のかけらもない悪質な値引きがあったものである。日産自動車。自動車部品を製造する下請け業者への代金を取り決めていた金額から一方的に引き下げて支払っていたそうだ。違法な減額は30社以上に対し計約30億円に上るという

▼コストを抑え込む狙いがあったらしいが、たまらないのは一方的に代金を値切られた下請け業者である。取引を打ち切られる可能性を思えば、こんな因業なやり方にも文句は言いにくかったはずだ

公正取引委員会が下請法違反(減額の禁止)にあたるとして再発防止を求める勧告を行う方針だそうだ

▼日産はうまく値切ったつもりだったかもしれないが、結局、減額分を支払うはめに。おまけに会社の評判や信頼の値も下げた。買い物上手とは縁のない話である。