日産下請法違反に関する社説・コラム(2024年3月9日)

日産の下請法違反 利益奪った責任は重い(2024年3月9日『山形新聞』-「社説」/『茨城新聞山陰中央新報聞』-「論説」)


 日産自動車が部品メーカー36社への支払いを不当に減額し、公正取引委員会から再発防止の勧告を受けた。いったん取り決めた支払額を減らすのは下請法で禁じられている。取引先企業から利益を奪う行為であり、日産の責任は重い。

 公取委によると、コスト削減を名目に長年続いてきた商慣習だったという。自動車メーカーを頂点とする巨大な供給網の暗部であり、下請けの賃金が抑えられてきた一因でもある。日産は下請けいじめの慣習が始まった経緯や、長年続けてきた責任の所在を明らかにし、直ちに是正しなければならない。

 下請法が減額禁止の対象としているのは資本金3億円以下の企業だ。下請け側との合意があっても、減額は認められない。自動車メーカーと、部品を納入する下請け企業の立場は対等ではなく、下請け側は減額要求を断りにくいためだ。

 自動車の下請けの企業規模はさまざまだ。自動車メーカーが部品や素材を調達している企業にコスト削減を求めるのは珍しいことではない。1年間に原価をどれぐらい下げるか、あらかじめ決め、納品価格に反映させる場合もある。

 発注側の自動車メーカーは原価が下がることを前提に利益の見通しを立てる。もし原価低減を実現できなければ下請け側に損失が生じる。比較的小規模な部品メーカーほど負担を感じるだろう。

 原価低減は本来、省人化や生産効率化のための設備投資や新たな技術の導入、販売量の拡大などが必要だ。生産効率を高める工夫がなければ、人件費にしわ寄せが来る。

 立場が弱い部品メーカーから日産が吸い上げた金額は2年間で30億円を超えている。物価高が続き社会的に賃上げが求められる中での出来事でもあり、到底見過ごすわけにはいかない。

 原材料費の値上がり分を価格転嫁しなければ、下請けの賃金水準は上がらない。公取委が日産の社長をあえて名指しし、再発防止を求めたのは当然だ。

 厳しい国際競争にさらされる産業だけに、自動車メーカーは供給網全体でコスト削減を迫られてきた。日産の不当な減額は氷山の一角かもしれない。下請けを圧迫する違法な取り決めや圧力がなかったか、自動車各社に自主的な調査と公表を求めたい。

 日産は2024年3月期連結決算で13兆円の売り上げと、3900億円の純利益を見込んでいる。下請けにとっては仰ぎ見るような存在だ。だから調達部門は下請けに絶大な力を持つ。

 公取委経産省は大企業の下請け取引に目を光らせ、違法行為があれば社名公表や是正勧告をためらうべきではない。

 利益を生んで投資家への配当を増やせば、株価は上がって経営者の地位は守られる。しかし品質や安全の検査をごまかしたトヨタ自動車グループや、下請けから利益を奪った日産の姿を見れば、経営層の倫理に疑問を感じざるを得ない。

 企業は競争に勝ち抜き、成長力を高めようとする。だが、下請けを踏みつけながら積み上げた利益に正当性はない。

 発注側の都合ばかりを優先し、下請け企業の利益をないがしろにする「強者の論理」には終止符を打たねばならない。

 

日産下請法違反 代金の減額強要など許されぬ(2024年3月9日『読売新聞』-「社説」)

 大手メーカーが自らの利益を増やすため、下請け業者に負担を押しつけることなど、あってはならない。日産自動車は猛省し、適正な取引を徹底するべきだ。

 公正取引委員会は、日産が、自動車部品メーカーに払う納入代金を一方的に引き下げたことは下請法違反にあたると認定し、再発防止などを求める勧告を行った。

 公取委によると、日産は2021年1月から23年4月に、タイヤホイールやエアコンなどを製造する36社の下請け業者に対し、事前に決めた代金から3~5%程度差し引いて支払っていた。

 下請法は、不良品を納入するなど下請け業者側に責任がある場合を除き、双方の合意があっても発注時に決めた代金を減らすことを禁じている。弱い立場の下請け業者を守るためだ。日産の行為が法に反することは明らかである。

 下請け業者は、取引が打ち切られることを恐れて、減額を拒めなかったという。違法な減額は合計で約30億円に上り、1956年に下請法が施行されて以降、認定額として最高となった。

 日産は事実を認め、約30億円の減額分をすべて各業者に返金したというが、不当な減額は遅くとも1990年代に始まっていたとみられており、問題の根は深い。

 日産の担当者は、公取委の調べに対し、「長年続いていた手法で違法性の認識はなかった」と話しているという。法令順守の意識の低さは深刻である。

 政府が目指す経済の好循環を実現するには、企業がコストカットに終始していた経営を改め、賃上げに努めることが重要になる。

 特に、賃上げを中小企業に波及させる必要があり、それには大手企業が中小企業との取引で、原材料費や人件費の上昇分の価格転嫁を受け入れることが不可欠だ。日産のような行為はそれに逆行するもので、根絶せねばならない。

 自動車メーカーでは、マツダも2008年と21年に、不当な減額などを行ったとして、下請法違反で勧告を受けた。公取委は今回、業界団体の日本自動車工業会にも再発防止を要請する方針だ。

 大手企業が中小企業にコスト負担を押しつける構図は、自動車業界にとどまらない。

 公取委は、コスト上昇分の取引価格への転嫁について、取引先の中小企業と協議をしなかったとして、22年12月、物流や食品卸など13の企業・団体の実名を公表する異例の措置も取っている。さらに監視を強化してもらいたい。

 

取引慣行に見直し迫る日産の下請法違反(2024年3月9日『日本経済新聞』-「社説」)


 公正取引委員会日産自動車に対して、下請け企業との取引で不当な減額を行っていたとして、再発防止を求める勧告を出した。日産も非を認め、30億円強を当該の企業に返還したという。

 大企業が立場の弱い取引先に不利益を強いることは社会的に許されないだけでなく、経済全体にゆがみをもたらし、デフレの温床ともなる。日産などの自動車各社をはじめ、多重の下請け構造に依存する陸運業界などは取引慣行の正常化を急ぐときだ。

 大企業と中小企業の二重構造は日本経済の古くて新しい課題だが、近年では脱デフレの観点から問題視されている。

 中小企業が現場の頑張りで得た生産性向上による利益は、本来なら従業員の待遇改善などに振り向けられるべきだ。だが、その利益が取引相手の大企業に不当に吸い上げられると、賃金上昇が進まず経済の好循環が阻害される。

 公取委によると、ピラミッド型の取引系列が強固な自動車業界は、下請け企業との関係でとりわけ問題を起こしがちだという。

 過去20年間をみると、代金減額の下請法違反でマツダや大手部品メーカーなどが14件の勧告を受けており、不当な行為や慣行が常態化している恐れがある。

 自動車各社は「原価低減」の旗印のもと、取引先に対して毎年のように値下げを要求し、それが日本車の価格競争力や収益力の源泉になってきた。

だが特段の理由のない値下げ要求は妥当なものなのか。経済界の一部にも異論があり、今後、議論を深める必要がある。

 日本経済が脱デフレをめざすなかで、個々の企業もコストカットに依存しない体質をつくる必要がある。日本車各社は世界的に再評価されつつあるハイブリッドなどの技術やブランドの強みにさらに磨きをかけ、グローバル競争に向き合ってほしい。

 他方で中小企業や下請け企業の側も、特定の取引先の意向に振り回されることのない自立した体制をめざしたい。

 顧客基盤を分散・多様化したり、他社にはない独自の技術や製品を開発したりすれば、取引先からのむちゃな要求にも「ノー」といえるはずだ。

 公取委中小企業庁の介入を待つまでもなく、「自分の事業は自分で守り、発展させる」という気概が重要である。