選挙マニアの芸人が語る「勝利の方程式」 大混戦の衆院東京15区補選 不戦敗の自民票どうつかむ?(2024年4月16日『東京新聞』)

 
衆院東京15区にも繰り返し足を運んでいる山本期日前さん

衆院東京15区にも繰り返し足を運んでいる山本期日前さん

16日に告示された衆院東京15区補選には、9人が立候補を届け出た。与党の自民党公明党が公認・推薦する候補者はおらず、野党や野党系無所属同士が1議席を巡ってしのぎを削る、異例の戦いの火ぶたが切って落とされた。
全国でこれまで500以上の選挙に足を運んできた選挙マニアにして、Youtubeでスポーツ解説のように選挙戦の見どころを紹介している吉本興業所属のお笑い芸人、山本期日前(きじつまえ)さん(31)に、江東区を舞台とした大混戦の「観戦」ポイントを聞いた。(聞き手・戎野文菜)

◆「横綱大関も休場、番付低い人も優勝できる状態」

―今回の選挙戦の構図をどう見る。
「大相撲でいうと、横綱大関も休場して、番付が低い人でもハマれば優勝できる状態。江東区はかつて自民党の柿沢家、木村家、山崎家の『御三家』が盤石な地盤を築き、『江東区三国志』とも言われることもあった。でも今は違う。朝青龍白鵬みたいな絶対的な王者がいなくなって、誰が勝つか分からないから面白い。特に自民支持者の票がどの候補者にも流れる可能性がある」

柿沢家、木村家、山崎家は江東区で、衆院議員や区長などのポストを巡って競い合ってきた。柿沢家は弘治元外相(故人)と長男の未途元衆院議員を輩出。木村家からは勉・元衆院議員と長女の弥生前区長が出た。今回の東京15区補選は、2023年の区長選を巡る柿沢未途氏(有罪が確定)と木村弥生氏(公判中)らの選挙違反事件による議員辞職に伴い行われる。山崎家には孝明元区長と長男の一輝元都議がいる。

―どんなところに注目しているか。
 
立候補予定者の演説を聞く山本期日前さん=13日、江東区で

立候補予定者の演説を聞く山本期日前さん=13日、江東区

城東区エリア(かつての江戸城の東側)は保守が強く、野党第一党立憲民主党が弱いエリア。立民新人の酒井菜摘さんが勝ったら、象徴的な勝利になる」
「立民は自民党の不祥事への批判を強め、ガンガン攻めている。(支援を受ける)共産党を前面に出す場面とそうでない場面があり、無党派層や投票先が決まっていない自民党支持層とかも考えて、『野党共闘臭』みたいなのを出さないようにしているのかもしれない。これまで自民に投票してきた有権者で裏金問題に不満を持っている人の票も取り込もうという狙いのようだ」
-無所属新人の乙武洋匡さんは、小池百合子都知事が特別顧問を務める地域政党都民ファーストの会」が母体の「ファーストの会」と国民民主党が推薦する一方、自民党公明党は推薦を見送った。
乙武さんは2年前の参院選の時より、女性問題でたたかれている。これが小選挙区の恐ろしさ。1人しか受からない選挙だと、とにかくマイナス面が掘り出される。『小池神通力』で勝たせることができるのかに注目したい。小池さんが今回、自民党の不祥事批判を前面に出していないのも面白い。やっぱり(自民との)関係性を大事にしてるのかな」
小池都知事がカギを握ると。
「今年1月の八王子市長選では、自民と公明が応援してる人が負けそうな流れになった時に最後、小池さんが来て逆転したみたいなことがあった。マニアックな話をすると、目黒区長選(21日投開票)があって、小池さんも(都民ファーストの会推薦候補の応援に)入る。接戦なので、そこで負けて、乙武さんも負けると、小池さんのパワーが弱まったみたいな報道もされると思うし、(カイロ大学の卒業を巡る)学歴詐称疑惑のせいで落ちたという人もめっちゃ増えてくると思う。そうすると(今夏の)知事選とかにも影響が出てくるかもしれない」
―大阪が拠点の日本維新の会は東京進出を狙っている。
「維新にとっては、今回はめちゃくちゃチャンスだとは思う。自民党に入れたくなけいど、(立憲民主党共産党などの)野党にも入れたくないっていう人は、結構維新に流れるという方程式があると思うので」
「新人の金沢結衣さんの応援には、(党共同代表の)吉村洋文大阪府知事も駆けつけている。小池さんや吉村さんといった有名政治家は、応援に入れば入るほど票につながりやすい。ただ、吉村さんは慣れない東京で地域に合わせて『チューニング』できるかがポイントになりそうだ」
―「チューニング」とは。
「維新の『身を切る改革』は、タワーマンションが並ぶ豊洲ではあんまり響かないかもしれない。成果報酬でどんどん稼ぐのを認める有権者もいるので。吉村さんは豊洲での演説で亀戸餃子について何回か触れたが、全くハマってなかった。地元の人に聞いたら『(同じ江東区とはいえ)豊洲のプライドを分かってない。亀戸と一緒にすんじゃねぇ』と。(下町の)亀戸ではウケてたみたいだけど、豊洲ではスベっていた」
「選挙戦の後半になったら、地域に合ったエピソードが出てくるかもしれない。候補者もお笑い芸人も同じで、聴衆の反応を見て、スベるところは削って、ウケるところを足していく。なので、終盤になればなるほど面白くなっていくと思う」
―そのほかの候補者の戦いは、どこが見どころか。
「日本保守党の飯山陽さんと参政党の吉川里奈さんは、どっちが上に立つかで今後のネット民がどっちの党を支持するかが変わるのではと注目している。今後の選挙への影響は絶対あると思う。参政党がネットでつくり上げた支持者が、日本保守党とかぶっているので、日本保守党より上回ってその攻勢を何か見せつけたいっていう感じはあると思う。日本保守党も新しい党なので最初どれぐらい票を取れるかが重要だろう」
「告示日の両党を見てきたが、参政党はこれまでと戦略を変え、候補者が演説している場所以外に選挙スタッフが散らばり、ビラを配っていた。一方、日本保守党はスタッフや支援者が街頭演説の場に集合していて、真逆の戦い方をしているのが印象的だった」

参政党は2020年に結党し、2022年の参院選で1議席を獲得した。2023年設立の日本保守党は、今回の東京15区補選が国政選挙初挑戦となる。いずれも、安倍晋三元首相を支えた「岩盤保守」と呼ばれる層やネットユーザーを中心に支持を広げている。

「つばさの党の根本良輔さんは基本的に、他の候補者の演説会場に乗り込んで声を上げ、その様子をリアルタイムで配信するスタイル。NHKから国民を守る党の福永活也さんは、党の名前を知ってもらうために一応出している『顔見せ』のようだ。一度でも投票用紙に名前を書いてもらった方が、次の選挙で書いてもらいやすい」
―政党や政治団体の支援がない候補者は。
須藤元気さんが政党の支援を受けず、「完全無所属で勝ちきることに意味がある」と涙ながらに訴えている。自転車で選挙区を回り、あえて一人で戦っているようにも思える。(IR=統合型リゾート施設の事業をめぐる汚職事件で公判中の)秋元司さんは、もしかしたら無実を訴えるために選挙に出ているのではないか」

東京15区補選に立候補したのは届け出順に、
諸派NHKから国民を守る党」新人の弁護士福永活也氏(43)
・無所属新人でファーストの会副代表の乙武洋匡氏(48)=国民民主、ファーストの会推薦
・参政党新人の看護師吉川里奈氏(36)
・無所属元職の元環境副大臣秋元司氏(52)
日本維新の会新人の元江崎グリコ社員金沢結衣氏(33)=教育無償化を実現する会推薦
諸派「つばさの党」新人でIT会社経営の根本良輔氏(29)
立憲民主党新人で共産、社民党の支援を受ける元江東区議の酒井菜摘氏(37)
諸派「日本保守党」新人で麗沢大客員教授の飯山陽氏(48)
・無所属新人の元総合格闘家須藤元気氏(46)

◆不祥事後は投票率が下がりやすいが「絶対に上がってほしい」

投票率は上がるだろうか。
「絶対に上がってほしいというのが、ぼくの思い。でも、不祥事の後の選挙は投票率が下がりやすい。あと、選挙疲れ。去年の4月に江東区長選挙があって、12月にその選挙をやり直すための選挙があって、またこの4月と。選挙が続くと投票率が下がる傾向がある。(公認・推薦候補がいない)自民、公明で組織的に行く人も減るだろう」
投票率は選挙結果にどう影響するとみるか。
「自民、公明が公認・推薦する候補者がいない中で投票率が下がれば、立民に有利に働くかもしれない。(立民の酒井氏を支援する)共産票は固いので。逆にファーストや維新といった第三局は、基本は無党派層を取りにいくので、投票率が上がってほしいのではないか」

◆スポーツ観戦のような面白さ「気軽に選挙に行って」

―どうして、そんなに選挙が好きなのか。
 
「スポーツのような選挙解説が大好き」だというファン㊧に話しかけられ笑顔の山本期日前さん=13日、江東区で

「スポーツのような選挙解説が大好き」だというファン㊧に話しかけられ笑顔の山本期日前さん=13日、江東区

「中学2年の時(2006年)、地元で衆院千葉7区の補欠選挙を見て面白さを知りました。補選は(全国一斉に行われる選挙と違い)有名な政治家が応援演説に来るのが魅力のひとつ。当時はハマコーさん(『政界の暴れん坊』の異名を取った故浜田幸一氏)が有権者の前で土下座していた姿に衝撃を受けた」
「以来、選挙を面白いと思うようになり、20年間で足を運んだ選挙戦は500を超える。選挙って、戦いの面白さがある。スポーツは競技場で目に見える範囲内で行うから分かりやすいけど、選挙も(各候補者の戦いぶりを)ギュッと(集約)すると、スポーツ観戦みたいに見られるんじゃないかと思う」
―多くの選挙を「観戦」して感じることは。
「選挙のように、こんな一つの勝ち負けで人生が決まることってないなと。せっかく頑張ってきても、ある1人の人と仲が悪いせいで全然応援してもらえないとか、昼ドラみたいな人間模様もあるんです。筋書きがないから最後までどうなるのか分からない。候補者が普段から良い行いをしてたら、どんなに不利な状況でも地元の人はついてくる。でも、ひとりの失敗で一気に総崩れが起きることもある。候補者のことを知れば知るほど、より選挙が面白く見えるなっていうふうに感じる」
江東区の演説会場では山本さんの動画を見ているファンから声をかけられていた。同世代の男性からは「解説を見て実際に候補者の演説を聞きに行っている」と。
「うれしいですね。劇場の漫才で選挙ネタをやることもあるんですけど、お客さんから『今まで選挙行ってなかったけど行くようになりました』とか、そういった声をいただけるとやっぱりモチベーションになる。やってて意味あるんだなと。いろいろ発信し続けてよかったなと」
―どうすれば投票に行く人が増えるか。
「海外だと、サッカーチームのロッカー室で投票できるとか。航空会社のフライトシミュレーターや、オーケストラのステージに投票箱を置くところもある。そこに入りたいから投票に行く人もいる。江東区はせっかく東京五輪でつくったいろんな施設があるんだから、そういった場所を生かして、普段入れないところにすればいいのにと思う。東京五輪のプールの水泳のあの『よ~いドン!』のお立ち台とかね。もう遊びで、ボルダリングの上の方に投票箱置くとか。そういうのがあってもいいと思う」
―政治家に悪いイメージを持つ人も多い。
「国民は政治って汚いと思ってるし、政治家はたたかれますよね。だけど、ほとんどの政治家は思いを持って真面目にやってる。ぼくは純粋に、普段努力している政治家の人たちが、ちゃんと報われてほしいなっていう思いで漫才やYouTubeを通して選挙や政治のことを伝えている」
「政治家はみんな日本良くしたいとか、地域を良くしたいとか、人のために役立ちたいみたいなのは思っている。でも、考え方が違うからただ対立するだけだったり、役に立つ政策だけど細かいから誰も興味なかったりして、なかなか良さが伝わらない。政治に少しでも関心を持ってもらえるとうれしい」
「僕のように馬鹿みたいに選挙を楽しんでる人を見て、別に重く考えなくてもいいんだ、気軽に(演説会や投票に)行ってもいいんだと思ってほしい。今回の東京15区補選は演説がうまい人が多いので、ぜひ見に行ってほしい」

山本期日前(やまもと・きじつまえ) 1993年1月、千葉県流山市生まれ。吉本興業所属のお笑いコンビ「ゆかいな議事録」のボケ担当。2019年にYouTubeのチャンネル「ゆかいな議事録【選挙・政治ch】」を開設し、日本各地の選挙を解説する動画を配信している。趣味は選挙ポスター集め。