公衆電話ボックス上から演説ジャマして「ドンマイ」…騒動に揺れた衆院東京15区補選 取材チームが振り返る(2024年4月30日『東京新聞』)

<前編>

 28日投開票された衆院東京15区補選は、元職・新人9人が乱立した。選挙期間中は、一部の諸派が他陣営の演説中に大音量で遮るなど、異常な行動も目立った。政治とカネの問題が注目されたが投票率は過去最低。担当記者らが選挙戦を振り返る。(この記事は前編です)

◆理解に苦しむ出馬理由「逮捕されないため」

電話ボックスに上り大音量で演説する諸派陣営関係者。奥には乙武洋匡氏の陣営が演説していた=16日、東京都江東区で

電話ボックスに上り大音量で演説する諸派陣営関係者。奥には乙武洋匡氏の陣営が演説していた=16日、東京都江東区

 A 「選挙妨害」という残念なニュースに注目が集まった。諸派「つばさの党」陣営が他の候補の演説を大音量で遮るなどの行為を続け、街頭演説の事前告知が難しくなり、有権者が候補の訴えを聞きづらい異常事態となった。
 公職選挙法違反の疑いがあるとして、警視庁から警告を受けた陣営は、代表者らが25日に都知事選への出馬を表明した。出馬の理由は「逮捕されないため」。理解に苦しむが、自分たち以外にも大勢の候補を擁立する考えを示した。同様のことが繰り返されないか心配だ。
 B 告示日に無所属新人の乙武洋匡氏の演説会場を取材したが、この諸派の根本良輔氏らが、近くの公衆電話ボックスに上り遊説をかぶせていた。車でクラクションも鳴らし、辺りは騒然。弁士の小池百合子都知事の演説はほとんど聞こえなかった。根本氏は本紙の取材に「そういうことをされる候補者。ドンマイ」と言っていたが、身勝手すぎる。
根本良輔氏

根本良輔氏

 C その後、小池氏が訪れる街頭演説では、手荷物チェックと金属探知機による検査があり、物々しい雰囲気。乙武氏らに近づこうとする他陣営の候補者と、押しとどめる警察官との間でもみ合いとなる場面も多く、聴衆からけが人が出ていてもおかしくはなかった。

◆選挙運動での「衝突」がSNS上でも展開され…

 D 昨年12月に同じ江東区であった区長選では、各陣営がX(旧ツイッター)で、街頭演説のスケジュールを公開してくれていたのだが、今回は妨害を恐れてか、公開する陣営はほとんどなかった。
 業を煮やした日本維新の会の音喜多駿参院議員は「選挙最終盤、ヒートアップしてくると小競り合いが起きがちだけど…日本保守党陣営へのお願い」と題してツイート。駅前で街頭演説に向けて押さえていた場所を「横取り」されたと訴えた。そして「先にきた陣営を尊重する」「時間を融通し合う」などの配慮を求めた。
 一方で維新は、告示前に日本保守党の事務所前で街頭演説をしたことを同党陣営に批判され、金沢結衣候補が自らのXアカウントで謝罪に至った経緯もある。交流サイト(SNS)が、政党間のけんかや、他陣営を非難するツールになってしまっていることに複雑な思いを抱いた。
 
街頭演説会場を警備する多数の警察官=21日、東京都江東区で

街頭演説会場を警備する多数の警察官=21日、東京都江東区

 E 有権者の50代女性は「本来ならいろんな陣営の街頭演説を聞きたかったのに、今回は事前に告知がされなくなってしまって困った。今日はたまたま通りかかって見られたけど、選挙公報をよく見て候補を決めたい」と話していた。
 乙武氏は「皆さんの聞く権利が奪われ、民主主義が揺るがされている」と強調。都議補選や知事選も近づいているため、立候補者やその陣営の妨害を取り締まれない公選法を、すぐに改正しなければいけないと主張。選挙の自由を制限するような事態は、本来なら避けたいところだが、やむを得ない面はある。(後編に続く)
   ◇    ◇

◆「選挙の自由妨害罪」は4年以下の懲役も

 公職選挙法は、候補者らに暴行したり、演説を妨害したりする行為を「選挙の自由妨害罪」と規定する。違反すれば、4年以下の懲役か禁錮、または100万円以下の罰金が科せられる。有罪が確定した場合、確定から5年間、選挙権と被選挙権が停止される。
 東京15区補選での妨害行為は国会でも議論になった。岸田文雄首相は22日の衆院予算委員会で「候補者の主張が有権者に伝わりにくくする行為が広まっていくのなら、何らかの対策が必要だ。選挙制度の根幹に関わる事柄として、各党、各会派で議論するべき課題だ」と述べている。
 駒沢大の逢坂巌准教授(政治コミュニケーション)は今回の演説妨害について「候補者の話す自由や有権者の聞く自由を損なう。『選挙の自由妨害』は判例の積み重ねがあるので、司法が粛々と判断することが求められる」と話す。その上で「日本では選挙期間中のコミュニケーションの手段が街頭演説や練り歩きくらいしかないのが問題だ。戸別訪問を解禁するなど、有権者とより触れあえる選挙運動のあり方を考え直すことが必要だ」と指摘した。(清水俊介)
 

<後編>

 28日投開票された衆院東京15区補選は、元職・新人9人が乱立した。選挙期間中は、一部の諸派が他陣営の演説を大音量で遮るなど、異常な行動も目立った。政治とカネの問題が注目されたが投票率は過去最低。担当記者らが選挙戦を振り返る。

街頭演説に足を止めた聴衆

◆立憲民主陣営 野党間連携は今後も課題 ところで身内の問題は?

衆院補選で当選を確実にし、支援者にあいさつする酒井菜摘氏(右から4人目)。

衆院補選で当選を確実にし、支援者にあいさつする酒井菜摘氏(右から4人目)。

 B 立憲民主党の酒井菜摘氏が当選確実になった際に、あいさつした江東市民連合宇都宮健児共同代表は、立民との共闘に触れ「お互い継続することが大切」と語っていた。共産党も含めて都知事選、都議補選での協力は確実な流れとなったと思う。ただ国民民主党などとの距離は開いたまま。幅広の枠組みづくりは課題だ。
 また立民は「政治とカネ」の問題で自民を批判していたが、身内の問題に向き合っていなかった。今回の補選の発端となった昨年4月の公選法違反事件で、ある前立民区議は、立件された前区長の木村弥生氏陣営に選挙スタッフとして関わっていた。事前運動などの対価として、報酬10万円も得ていたが、領収書のない金だった。同区議は立件はされなかったもののいわば「裏金」。立民がこの問題について、公に説明責任を果たしていないことは違和感を覚える。

◆かみ合わなかった小池都知事陣営と自民党

乙武洋匡氏(左端)の応援演説に駆けつけた小池都知事(左から2人目)と国民民主党の玉木代表(右端)

乙武洋匡氏(左端)の応援演説に駆けつけた小池都知事(左から2人目)と国民民主党の玉木代表(右端)

 C 5位に沈んだ乙武洋匡氏は、出馬表明直後から自身の女性問題や、支援する小池百合子東京都知事の「学歴詐称疑惑」が相次いで報じられ、序盤に勢いをつくれなかった。自公に協力を求めた小池氏と、自民からの支援は「逆風」だとして推薦を求めなかった乙武氏との間のちぐはぐさも目立った。
 F 当初、乙武氏を推薦する方針だった自民党は、本人から推薦要請がないことなどを理由に推薦の見送りを発表した。乙武氏に対しては過去の女性問題などから自民内部の反発も強かった。党員から都連などに「乙武氏を応援するなら自民を応援しない」といった電話も相次いでいたという。都連幹部は「(推薦見送りに)ほっとした人も大勢いるのでは。自分もその1人だ」と苦笑いしていた。
 国政選挙で、政権与党の自民党が事実上の不戦敗を選んだことに、都議からは「散々不祥事が続く中で、やむを得ない」とあきらめの声も聞かれた。一方で「党勢の大きな課題になる」(都連幹部)など、今後の解散総選挙などへの影響を心配する意見も出ている。
 B 江東区のある自民区議は「自民党は情けない。処分が甘すぎる」と党本部の裏金問題の対応を批判していた。当初、乙武氏を推薦しようとしていた党本部と反発した地元との温度差が浮き彫りになっており、党本部の統治基盤が弱まっているように思う。
 G 公明関係者からは、乙武氏の名前が取りざたされた早い時期から、過去の不倫問題を巡る支持者層のアレルギーを懸念する声が上がっていた。その後小池知事主導で乙武氏擁立が決まったが、結局公明は支援に踏み切ることができず、乙武陣営には痛手となった。自民の推薦を得なかったことも含め、陣営の戦略性が感じられなかった。

◆維新陣営 馬場代表が20分演説した後、候補者本人は5分

日本維新の会の金沢結衣氏

日本維新の会の金沢結衣氏

 E 日本維新の会も伸び悩んだ。「しがらみのないクリーンな政治」を全面に強調したが、応援に立った吉村洋文共同代表らは、政治とカネの問題を巡る自民批判より立憲批判が上回っていた印象。労組による組織的支援への依存、組織票を持つ共産との共闘を攻撃していた。
 H 維新は告示日、候補者本人の第一声は5分くらいだったが、本人の前にマイクを握った馬場伸幸代表は20分ほど演説。支持者からも「ゆいちゃん、早くしゃべって」とやじが飛ぶほどだった。党の知名度を上げようと宣伝に終始した印象だ。

◆驚きの須藤元気氏2位と躍進の諸派「日本保守党」陣営  

 I 保守票の一定の受け皿になったのが日本保守党。参政党を大きく上回り、乙武氏にも差をつけた。知名度のある百田尚樹代表の発信力をいかした選挙戦を展開。百田氏は16日の第一声はもちろん、街宣活動にも飯山陽氏に同行して聴衆に支持を呼び掛けた。
 各街宣活動には数百人規模の聴衆が集まり、取材すると江東区外の首都圏から訪れたという支持者が少なくなかった。関西地方から来たという支持者もいて驚かされた。今後の動向は各党も注目する。
 
 J 須藤元気氏の得票2位は正直、予想外。元格闘家、前参院議員で一定の知名度があったとはいえ、完全無所属の戦い。消費税減税を訴えるなどしたことで、既成勢力への批判票の受け皿になった形だ。
 
諸派「NHKから国民を守る党」の福永活也氏(左)と立花孝志党代表

諸派NHKから国民を守る党」の福永活也氏(左)と立花孝志党代表

 K 諸派NHKから国民を守る党」新人の弁護士の候補者は、告示日数日前に団体代表から出馬を打診され「面白そうなことに首を突っ込みたい」と出馬を決意したという。代表から「戸籍(謄本)と第一声だけでいいからと言われて」と、第一声の江東区役所前には、登山トレーニングのための重り15キロを身に付けてカジュアルな格好で現れた。
 候補者は第一声翌日にはエベレスト登頂のため都内を離れ、ネパールへ。選挙期間中は交流サイト(SNS)を使って選挙戦を行った。団体として候補者擁立を予定している7月7日投開票の都知事選に向けた話題づくりの狙いがあったのかもしれないが、今回は別の候補者による迷惑妨害行為がSNSで拡散し話題になっていたため、今回は関心が集まらず。存在感を示せず当てが外れたのではないか。

◆不祥事で選挙が続く江東区 投票率は40.70%と低迷

 K 有権者の盛り上がりは感じられず、そのまま低投票率に現れた。街頭取材で有権者の冷めた声が印象的だった。自民党の派閥の政治資金パーティー裏金事件の中、江東区では度重なる不祥事による選挙で、有権者には「もういいかげんにして」という白けた空気感が漂っていた。
 
街頭演説に足を止めた人たち

街頭演説に足を止めた人たち

 ある街頭演説は議員や党関係者や報道関係者ばかりで、一般の人が演説に足を止めてじっくり聞き入る様子はまばら。演説が熱を帯びるにつれ聴衆の輪がぐんぐん広がっていくような、かつての選挙風景とは程遠かった。有力候補が演説前に街を歩いても声を掛ける人がほとんどいないのに驚いた。これまでの選挙取材で目にしてきたような、有権者からの「何かが変わるはず」という政治への期待や熱狂とは程遠く、政治離れが心配になった。

◆「裏金づくりとか自分たちのやりたい放題」政治不信は深刻

 E ある候補者演説の会場で大勢の聴衆がいたが、拍手や掛け声を上げている人は陣営関係者ばかり。「誰に入れたらいいか分からない」と迷っている有権者の声をいくつも聞いた。自民支持者の男性も「保守系の誰かにしたいが、保守系の候補は複数いるので決めきれていない」と困っていた。その男性は政治とカネについては「政治はどうしてもお金がかかるから、結局問題は変わらないんじゃないか」とあきらめ顔だった。
 A 裏金事件を巡り、多くの有権者が政治への不信感を口にした。当の自民が不戦敗となり、序盤から盛り上がりに欠けた。無職男性(85)は「政治なんて当てにならない。日本の経済が縮小しているのに裏金づくりとか自分たちのやりたい放題」と嘆き、会社役員女性(66)も「政治に興味を持てなくなったのは政治のせい。政権交代のころ野党に投票したけれど、政治は変わらなかった。与党も野党も期待できない」と冷ややかだった。国民の政治不信、政治離れの深刻さを感じた。