草むしりの手間を嫌がりコンクリートで固めた庭は、洪水を増やす要因になっている。土の庭なら地下にしみ込んだはずの水が全て、川に流れ込むからだ。
そんなコンクリとは真逆の「雨庭(あめにわ)」が東京で広がりつつある。都市部の住宅のあり方を変えられるのか。玄関先からの挑戦を取材した。
◆「ドアを開けると、チョウチョが舞うんです」
さまざまな草が生い茂る雨庭。水草が伸びるつぼ(右手前)は雨水が一気に流れるのを防ぐ効果や生き物のすみかになることを狙ったという=7月1日、東京都杉並区で
雨庭は、雨水を集めてためたり、土に浸透させたりすることで下水道に直接流すことを防ぐ庭のことだ。植物もあると望ましい。洪水を受け止める「田んぼダム」や、暑さよけや保水の機能もある街路樹のように、自然の力を生かす「グリーンインフラ」の一種だ。
善福寺川のすぐ近く、東京都杉並区成田西の渡辺剛弘さん(51)は2020年ごろ、一戸建ての自宅の玄関前に雨庭を造った。
渡辺さんは「朝、ドアを開けると、チョウチョが舞うんです。すごい神秘的なんですよ」と声を弾ませた。
◆「川を汚したくない」という思いから
自宅の屋根57平方メートル(約34畳分)ほどに降った雨のほとんどは、雨どいに取り付けた取水器やホースを伝って庭に流れ込む。たった数歩で通れる小さなスペースだが、強い雨の日も水は地面に吸い込まれ、あふれることはない。
雨庭造りは「川を汚したくない」という思いから始めた。東京23区の下水道は、多くが生活排水も雨水も同じ管を流れる「合流式」。大雨が降ると、汚物交じりの下水の水かさが増えるため、マンホールやトイレなどから逆流しないように川に流している。この処理能力を超える雨の量だと、市街地が浸水する「都市型水害」が起きてしまう。
渡辺さんは所属する市民団体「善福寺川を里川にカエル会」の活動の一環として、雨庭の実践の話が出たときに手を挙げた。「少しでもいいから下水道に入る雨水を減らそうと思った」
◆増えた手間も楽しみに変わる
構想から完成まで4年がかり。子どもも交えた家族会議を繰り返した。福岡県で雨庭に取り組む建築家らにも助言をもらった。
試行錯誤の末、家族やカエル会のメンバーら10人ほどの手作業で、「できるだけ在来種」の植物をそろえた緑の庭に雨が流れ込む仕組みを整えた。雨水タンクや取水器の購入などに数十万円ほど使った。
コンクリートをはがした穴から草が生える駐車場。右の砂利の場所も以前はコンクリだった=7月1日、東京都杉並区で
◆高校生からの思いがけない質問
渡辺さんの雨庭造りに関わった熊本県立大特別教授の島谷幸宏さんは、庭にコンクリを敷くのは管理の手間を減らす手法だったと指摘する。逆にグリーンインフラは手間がかかる。その手間を「どうプラスにするか」が大切だという。
一つの鍵はコミュニティーの力だ。例えば、地域の子どもたちと一緒に雨庭を造ると、進んで改良を重ねてくれる。「手をかければ植物は育つ。土いじりを楽しんでくれるんです」
島谷さんは熊本の高校で、女子生徒から「治水は役所しかやっちゃいけないと思っていたけど、高校生もやっていいんですか」と聞かれた。思いがけない質問に「そうだよ。治水の民主化。そういう時代になったんだよ」と応じたそうだ。
◆「完璧を求めず、1個ずつアリの巣のように」
杉並区は今年5月、島谷さんと連携協定を結び、普及に力を入れ始めた。島谷さんは「最初は完璧を求めず、いろいろ試しながら、1個ずつアリの巣のように広げていくといい」と語る。
渡辺さんも「うちの経験も、役に立つなら共有したい」と雨庭造りを始める人との連携を思い描く。
渡辺さんには夢がある。十数年前、子どもの手を引いて保育園に通っていたとき、魚が泳ぐ川を見て抱いた。「川に入れるといいなと思っちゃったんです。子どもが遊べる川にしたい」。夢で終わらせない。雨庭はその確かな一歩になる。
◆今月の鍵
グリーンインフラは治水への貢献と同時に空気をきれいにしたり、食材になったり、生き物のすみかになったりとさまざまな価値を生み出してくれます。昔はそんな自然の恵みを、人々の助け合いで生かしていました。今の時代に合う、助け合って生きる都市のあり方を考えていきます。
文と写真・福岡範行
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1983年、愛知県生まれ。2006年、中日新聞社に入社。2017年からの東京本社社会部時代に取材した池袋乗用車暴走事故や気候変動の連載「地球異変」がライフワークに。2児の父。基本は人見知り。電話は小学生のころから苦手。▶▶福岡範行記者の記事一覧
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