能登地震2カ月 孤独や分断の懸念解消を(2024年3月3日『熊本日日新聞』-「社説」)

 能登半島地震の発生から2カ月がたった。だが、被災地では今も1万人超が避難生活を余儀なくされており、断水も約1万8千戸で続いている。

 仮設住宅の入居は始まったが、避難や住まいの形態が多様化することで新たな課題も生じるだろう。自宅を離れた被災者にも手厚い支援を続け、孤独やコミュニティー分断の懸念を解消したい。

 石川県によれば、被災市町では約200カ所の1次避難所に5千人超が暮らしている。プレハブ型の仮設に移った人もいれば、被災した自宅に住み続ける「在宅被災者」もいる。

 住み慣れた地域を離れた人も多い。孤立集落の住民らを受け入れたホテル・旅館などの「2次避難所」や、2次避難所に移るまでの一時的な「1・5次避難所」には計約4900人が身を寄せている。民間の「みなし仮設」で暮らす人もいるが、被災地から離れてしまうと支援が届きにくい。

 石川県は、被災状況や避難先、配慮が必要な持病などを把握する被災者データベースを整備し、個別の事情に応じた支援につなげる考えだ。集約した情報を自治体と共有し、支援の質を高めたい。

 能登半島北部は、もともと住民の助け合い意識が強い地域だ。それでも、2月中旬に被災地を巡回した熊本市保健師らによれば、生活再建が進まない状況に多くの被災者が不安を抱いているという。高齢者らは住民同士のつながりを支えにして、辛うじて日々を過ごしているのだろう。

 地元から離れた被災者は、孤独感が募ったり、大切に育んできた人間関係が断ち切られたりしないか、なおさら気がかりだろう。地元とのつながりを保てるよう、復旧状況などの情報も共有できるようにしたい。

 宿泊施設などに2次避難している被災者の不安も高まっている。北陸新幹線の金沢-敦賀間開業が迫っており、観光客を受け入れる施設にいつまで滞在できるか見通せないためだ。

 移動先の候補として仮設住宅などが示されたが、希望に見合う戸数を確保できていない。知恵を絞って増設してほしい。被災地に近い場所に建設できれば、人口流出の防止にも役立つはずだ。

 長い避難生活の疲労やストレスで体調を崩して亡くなる「災害関連死」の対策も欠かせない。

 2016年の熊本地震では、関連死の約8割が3カ月以内に発生した。関連死は避難所だけでなく自宅でも生じる。ただ、在宅被災者の状況把握は簡単ではない。全戸訪問ができていない自治体は対応を強化する必要がある。

 熊本市から被災地支援に派遣された職員からは、地元の自治体間に足並みの乱れがあるとの指摘も聞かれた。課題の多い地域に周辺自治体の職員を積極投入するなど臨機応変な対応が不可欠だ。ボランティアが長期間活動するための施設整備などは、被害の少ない周辺自治体が主体となって進めてもらいたい。

 

祭りの維持(2024年3月3日『熊本日日新聞』-「新生面」)


 岩手県奥州市といえば、突然の結婚発表で世間を驚かせた大谷翔平選手の出身地。その奥州市にある黒石寺で、無病息災や豊作を祈り下帯姿の男衆が護符の入った麻袋を奪い合う奇祭「蘇民祭[そみんさい]」が開かれてきた

▼千年以上の歴史があるとされる祭りは先月17日が最後の開催となった。寺は「祭りの中心を担う皆さまの高齢化と今後の担い手不足により、祭りの維持が困難な状況となった」と説明している。護符の準備や祭事に必要な木の切り出しなどが難しくなったという

▼今、祭りの開催が危ぶまれているのは発生から2カ月になった能登半島地震の被災地だ。「キリコ祭り」という江戸時代から続くとされる奥能登伝統の祭りが、毎年夏から秋にかけて6市町の約200地区で開かれている

▼この6市町は珠洲市能登町などで、被害が大きかった地域ともろに重なる。道路の損傷で祭りの主役の巨大な灯籠「キリコ」を載せた山車が引けない上に、地元を離れる住民が増えて担い手を確保できるか分からないという

▼今は生活再建が最優先で、それ以外のことに意識が向かないかもしれない。それでも能登町で祭りの運営責任者を務める男性は、「老若男女の心を一つにする祭り。必ず元の形を取り戻したい」と話している

▼福岡県は昨年「地域伝統行事お助け隊」という、登録したボランティアを祭りなどの担い手として派遣する制度を創設した。地域に一体感を生むのも祭りの効用。このように形を変えながらでも維持していく価値はあるはずだ。