薬を過剰摂取するオーバードーズ(OD)が若者を中心に広がっている。中には依存の果てに生死をさまよったり、悪質な性犯罪に巻き込まれたりするケースも。厚生労働省は販売規制強化に乗り出しているが、交流サイト(SNS)にはODをしたとみられる若者の画像投稿が後を絶たない。
「初めは軽い気持ちだった」。ODの「沼」にはまり、死の淵に立った男性が苦しみを語った。 【写真】大阪・道頓堀のグリコ看板下「グリ下」にたむろする若者たち
■300~400錠の薬を飲み… 中沢駿さん(22)=大阪市中央区=がODに本格的に手を染めたのは20歳ぐらいのとき。国立大学の医学部を志していたが、受験に失敗。起業に挑戦したもののうまくいかず、将来に不安を抱えるようになったころだ。
「現実を一瞬でも忘れたい」という思いから、睡眠薬と市販薬を最低でも60~70錠は胃に流し込む。すると、快感が得られ、悩みがあっても一時とはいえ、忘れることができた。 「(ODを)せずに、数日たつと欲しくてたまらなくなった」。次第に依存度合いは高まり、気づくと警察署で保護されていたこともある。 ある日、自宅で300~400錠を酒とともに飲んで2日間、昏睡(こんすい)状態に陥った。包丁で自傷行為をし、血だらけで自宅前の路上に倒れているところを見つけられたというが、記憶はなかった。
目覚めたのは病院のベッドの上。点滴や口内に管をつながれ、手足や腰は動かないように縛られていた。「ずっと嘔吐している感じで、その苦しさはもう経験したくない」 そのとき駆け付けた両親の表情が忘れられない。学校の教師、友人…。
これまで支えてもらった人の顔も浮かんだ。「このまま死んだら恩をあだで返すことになる。色々な人から支えてもらってきたのに申し訳ない」。それ以来、ODをやめ、もう一度自分の夢に向かって生きようと決めた。 今ではアルバイトをしながら再び医学部を目指すほか、若者らの孤立を防ぐ支援活動にも取り組んでいる。 「沼」を抜け出した今、こう語る。「ODは体がぼろぼろになる危険な行為。依存から抜け出すのは本当に大変だった」
■「性行為させてくれたら薬あげる」
ODを巡っては、悪質な性犯罪事件にも発展している。
女子中学生に「性行為をさせてくれたら、ただで薬をあげる」と誘ったなどとして今年1月以降、大阪府警に逮捕され、未成年者誘拐罪などで起訴された大阪市浪速区の無職、浦野那生(なお)被告(31)。捜査関係者によると、浦野被告の自宅には多いときで7~8人のOD目的などの女性が入り浸っており、中には未成年も。援助交際で稼いだ金を浦野被告に渡していた女性もいたという。
浦野被告は薬を「密売人から買った」と説明。府警が入手経路を捜査している。捜査関係者は「自分の欲望のために、最悪の場合死に至るような危険なODを未成年にさせていた行為は許せない」と憤る。
近年東京・歌舞伎町の「トー横」と呼ばれる少年少女らが集まる一角でも、市販薬を配ったり売ったりした男女らの逮捕が相次いでおり、深刻度は増している。
■「悩み抱える若者を孤立させない」
令和3、4年、全国の高校生約4万5千人を対象とした厚労省の調査では、過去1年間に「ハイになるため、気分を変えるため」に市販薬を乱用したことがあると回答したのは1・6%。大麻(0・16%)の10倍にも上った。
ODの蔓延(まんえん)と低年齢化の背景について、大阪・ミナミのグリコ看板下(グリ下)で少年少女らの支援活動にあたる田村健一弁護士(43)は「嫌なことやしんどいことがあったとき、その気持ちを和らげるためにODに手を出してしまう子がいる」と指摘。ODから抜け出すためには「自分が変わりたいと思う気持ちや、人とのつながりを持つことが大切。若者を孤立させない仕組みづくりを官民で進めているが、さらに取り組みを広げたい」と話した。(前原彩希)