「同僚のにおいで仕事に集中できない」 人事評価反映も、企業で進むスメハラ対策(2024年7月3日『産経新聞』)

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JR大阪駅前を行きかう人々=大阪市北区(恵守乾撮影)
においで周囲を不快にさせる嫌がらせ「スメルハラスメント」(スメハラ)が広がりをみせている。高温多湿で汗のにおいがこもりやすい季節が到来し、職場の同僚の体臭に悩まされ、業務に集中できない人も少なくない。ただ、においの指摘は人の尊厳を傷つける可能性もあり、難しい問題となっている。新型コロナウイルス禍の収束でマスクなしの対面での仕事が増えたこともあり、企業は対応を迫られている。
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■精神的に追い詰められる
「スメハラで精神的に追い詰められてる」「職場でのたばこの匂いが気になる」-。SNS(交流サイト)では連日のようにスメハラ被害の事例が投稿されている。体臭以外にも口臭やたばこ、香水、柔軟剤のにおいなど、周りを不快にさせるにおいは多岐にわたる。
大阪市中央区の女性会社員(30)は職場での50代男性の体臭やたばこのにおいに悩まされており、「業務中に頭が痛くなるなど体調に支障をきたすことがある。離れた席に座るなど対策をしているが、ストレスがたまる」と明かす。
企業などではスメハラの言葉が浸透し始めた約10年前から、顧客と接する機会の多い小売りやサービス業を中心に対策を講じる動きが増加。このうち眼鏡を製造・販売するオンデーズ(東京)は平成27年から従業員の服装規定に「におい」の項目を導入した。勤務時のルールとして順守できていない場合は人事評価に反映するなど踏み込んだ対策を実施している。
各店舗のバックヤードにはにおいに関するチェック項目を掲示し、昼食後に歯磨きを行うよう注意喚起したり、出勤時には口臭チェッカーでにおいを確認させたりしている。特にたばこのにおいについては厳しく、業務時間内の喫煙が発覚した場合は減給や降格などの処分が課せられる。
■4300人がセミナー受講
「においの快、不快はビジネスに大きく関わってきます」。化粧品メーカーのマンダムが今月、東京都内で開いたにおいのエチケットなどを学ぶセミナー。企業関係者ら約30人が参加し、不快なにおいの正体や年齢とともに生じる体臭などについて学んだ。
マンダムは26年から企業向けに無料のセミナーを開催してきた。接客業のほか、工場や病院などを含む多様な職場で働く人を対象にこれまで80回以上実施し、受講者は延べ4300人以上にのぼる。
セミナーでの講師経験がある広報部の酒井美絵子さんによると、対面で仕事をする機会が増えたことに伴い他人のにおいが気になる人が続出。マンダムが昨年に20~50代の男女800人を対象に実施した調査では「直接対面で気になったこと」について、34・4%が「におい」と回答。「特にない」を除くと1位の回答となり、2位の「肌の状態」(26・4%)に大きく差をつけた。また、男性のデオドラント(体臭抑制)ユーザーの4割以上が、コロナ禍が収束した昨年5月以降の利用者であることも判明した。
酒井さんは「汗によるにおいは対策を講じれば抑えられることもあり、関心が高まっている」と分析する。一方で自身のにおいには無自覚な場合が多いと指摘。「においについて正確な知識を持ち、職場でのよりよいコミュニケーションに役立てることが重要だ」と強調した。
■尊厳傷つける可能性も
厚生労働省パワハラやセクハラだけでなく、妊娠や出産、育児や介護休業など、多岐にわたるハラスメントについてガイドライン(指針)を設けている。一方、スメハラには明確な基準はなく、喫緊の課題と捉えられていないケースも。指摘次第では「パワハラを受けた」と主張されるケースもあり、悪意のないにおいへの対応はリスクになる懸念もある。
企業のスメハラ対策では、全社員にスメハラの存在を周知して注意を促すほか、個人に対し、直接指導する場合がほとんどだ。ただ、本人が気を遣ってケアをしているにも関わらず、においが改善されていないことを自覚していないケースも。対応次第では当事者の尊厳が傷つけられる可能性も考えられる。
人事労務に詳しい帯刀康一弁護士(東京弁護士会)は「指摘することで本人の人格権と衝突し、パワハラだと主張されてしまうリスクもある」と強調。また本人に注意する役割を負わされた労働者が上司からパワハラを受けたと主張する事態も想定され、帯刀氏は「会社としては八方ふさがり。スメハラへの対応は企業として一番悩ましいところだ」とする。
体質が要因となることもあり、企業も踏み込んだ対応が難しい。大阪市で飲食店などを経営する男性(54)は「社員から部下の女性のにおいについて相談を受けたことがあるが、指摘しづらく対応がおざなりになったことがある」と話す。
ただ、こうした事情ばかりではなく、たばこのにおいや香水などは個人が気をつけることで改善できる。帯刀氏は「本人に落ち度がある場合はまだ対策ができる。ただ、就業環境が害されるほどのにおいと判断するのは難しく、対応に画一的なものはない」とした。(清水更沙)
安全配慮義務として対応を 金子雅臣・職場のハラスメント研究所長
汗をかく夏場になると周囲のにおいがより気になり、スメハラ問題がたびたび話題に上がるが、セクハラやパワハラと同様に扱うのは難しく、どちらかといえばエチケットマナーに近いものだ。においの感じ方は人それぞれで受け取り方に個人の差がある場合もある。例えば柔軟剤のにおいが一切だめという人もいればそうでない人もいる。法律で定義をつくり、規制するところまではいかないだろう。
このため困っている人がいても言いだしにくいのが現状だ。ただ、においの中には周囲が耐えられないほどひどく、心身に影響を与え、業務に支障をきたす深刻なものもある。この場合は「何となく不快」とは切り分けて考えなければならず、職場の安全配慮義務に関わる問題となる。職場に危険な場所があり、社員がけがをする可能性があれば対処するのと同じことで、訴えがあれば対応しなければならない。
本人に注意する際は客観的な事実に基づいた業務上の理由が必要だ。周囲に人がいるところではなく、相手を傷つけないような言い回しで自覚を促す配慮が求められる。