カスハラ対策 拒む権利、従業員に保証を(2024年5月10日『福井新聞』-「論説」)

 顧客や取引先による従業員への暴言や脅迫、言いがかりといった迷惑行為「カスタマーハラスメント(カスハラ)」がさまざまな職場に影を落としている。理不尽な要求だけでなく、交流サイト(SNS)で個人情報を拡散するなどインターネット上での被害も相次ぎ、企業の間で自衛策を講じる動きが出ている。

 客からの正当なクレームに企業側に真摯(しんし)な対応が求められるのは言うまでもない。だが、度を越した要求には毅然(きぜん)とした態度で拒む権利を従業員に保証しなければならない。

 昨年実施された民間企業による調査では、営業や販売などの職種でクレーム対応をしたことがある20~60代の64・5%が、直近1年間に土下座の強要や長時間の居座りといったカスハラを受けたとの結果が出た。

 航空業界では利用者がスタッフに「手数料なしで解約しろ」と迫ったり、「死ね」「能なし」などと暴言を繰り返したりする行為が報告され、鉄道業界でも切符の変更・払い戻しをした駅員に「対応が遅い。多くのフォロワーがいる私のSNSに載せる」と言って食ってかかるといった被害が出ている。外部とのやりとりは多くの職種で欠かせない業務だけに、誰もが嫌がらせの標的になり得よう。

 対策としてJR九州は全在来線車内での運転士や車掌の名前の張り出し廃止を決定。JR西日本と四国も昨年から車内の「氏名札」を取りやめている。

 福井市も昨年10月、カスハラ対策の一環として、職員が業務時に身に付ける名札の表記を、姓名から名字のみに変更した。

 パワハラやセクハラは法律で事業主側の防止措置が義務化されているのに対し、カスハラ対策はそこまでに至っていない。労働団体側からは実効性ある法整備の必要性を指摘する声が出ており、政府の関与の姿勢も問われよう。

 こうした中、東京都の小池百合子知事がカスハラ防止条例の制定方針を表明。罰則のない「理念条例」とする方向で、2024年度内に都議会への条例案提出を目指すという。対策に取り組む企業にとって、地域行政の後押しは心強い支援と映るはずだ。

 もっとも、「守り」が過度になってしまい、外部からの苦情を何でもかんでもカスハラにしてしまっては本末転倒である。当然のことだが、条例制定にあたっては正当なクレームとの線引きを明確にすることが求められる。顧客の権利が不当に損なわれることのないよう、バランス感覚を見失わないでもらいたい。