岸田首相、いつの間にか「一強体制」に…!裏ガネ問題がまさかの追い風、「鈍感力」が「突破力」に化けた裏側(2024年3月28日『現代ビジネス』)

岸田の鈍感力が、まさかの突破力に

 岸田文雄首相の「安倍派潰し」が、いよいよ“仕上げ”に入ってきた。26,27両日には自ら安倍派幹部4人の再聴取を行って、処分への道筋をつけた。

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 その先触れのように、二階俊博元党幹事長が次の衆院選での不出馬を表明した。記者会見での「ばかやろう」発言は自制の効かない老いを感じさせたが、党に処分される前での発表は影響力を残すギリギリの決断で、さすがの老練さを感じさせた。

 岸田氏に再聴取を受けた塩谷立下村博文西村康稔世耕弘成の4氏は追い込まれた。22年8月に開かれた裏ガネ還流への対応協議幹部会に出席した4人は、政治倫理審査会で説明責任を果たしておらず、「非公認など重い処分は避けられない」と見られていたが、二階氏の決断がそれを後押しする。

 結果として「岸田一強体制」が固まった。 振り返ってみれば、岸田首相は派閥政治資金パーティー裏ガネ化事件を最も効果的に使った人である。岸田氏の人の思惑を気にしない鈍感力は、突破力となって自民党は再出発を余儀なくされている。

 事件の始まりは『しんぶん赤旗』のスクープとそれを受けて調査した上脇博之・神戸学院大学教授の告発だった。5派4000万円の不記載だったが、その時から最も悪質だったのが安倍派だった。赤旗編集部が政治資金収支報告書を読み込み、辻褄の合わない部分について執拗に問い合わせた。その回数は、22年6月13日から同年11月14日までに64件に及んだ。安倍派は不承不承、訂正に応じた。

 これは何を意味するか。単なる記載漏れなどのミスではないということだ。「訂正は罪の自白」というのは上脇氏の持論だが、安倍派は書かずに裏ガネ化する確信犯だった。それがわかったので、上脇氏の告発を受理した検察が襲いかかった。

 そこに検察と朝日新聞の思惑があったことを、筆者は「現代ビジネス」で<「安倍派つぶし」に本腰を入れた特捜部と「朝日新聞」…従軍慰安婦報道で信頼を失った「高級紙」の執念>(23年12月14日)と題して報じた。

三者の思惑が重なった

 内閣人事局を発足させた安倍政権が「官僚支配」を強めるなか、「権力の監視役」を以て任ずる検察の総長人事にまで手を入れてきたことを検察総体が恐れた。官邸が望む黒川弘務・東京高検検事長検事総長就任は阻止したが、その時、検察OBが提出した「政権の意に添わない検察の動きを封じ込め、検察の力を削ぐことを意図している」という意見書に危機感は表われている。

 そこに「反安倍」を社論とする朝日新聞が、スクープを連発してマスメディアをリードした。朝日は社説で、<この政権は、民主主義をどこまで壊していくのだろう>(19年12月30日)と断罪し、その安倍派を狙った検察捜査に連帯した。

 一方、上脇氏は「日本に議会制民主主義はいまだに実現していない」として、それを阻んでいる「政治とカネ」を告発し続けている憲法学者である。2000年に97年12月の新進党分裂に絡む政党助成金の告発を行って以来、20年以上にわたって告発を続けてきた。「政治とカネ」を告発する第一人者であり、その分、告発状は精緻に構成され、提出されれば検察は受理せざるを得ない。

 派閥政治資金パーティーの裏ガネ化は、そんな三者の思惑と諸条件が重なって自民党を揺るがす事件となった。秩序を崩壊させ結果的に「岸田一強」に持って行ったのは岸田氏自身である。

 岸田氏は安倍、二階派に続き、岸田派も元会計責任者が立件されるのが明らかになった1月18日、解散を決めて記者団に伝えた。政権を支える麻生派領袖の麻生太郎、茂木派領袖の茂木敏充の両氏には事後通告。2人は激しく反発するが政局は動き始め、安倍派、二階派が解散を決め、茂木派も政策勉強会に衣替えして派閥政治は幕を下ろした。

検審地獄」に苦しむ議員が出る

 事件を受けて行なわれた衆参政治倫理審査会を経て、焦点は誰をどう処分するかに迫られた。処分を避けて領袖の二階氏が不出馬を迫られた二階派、「重い処分」を幹部4人が通告された安倍派の不満は大きいが、裏ガネ事件が終結したわけではない。

 事件を受けて3月11日までに90人の国会議員らが政治資金収支報告書を訂正した。「罪の自白」であり告発はやりやすくなる。既に上脇氏は、3月22日までに安倍派5人衆のひとりである萩生田光一氏と、同じく5人衆で前出の世耕氏の2人を告発した。派閥還流資金を記載しなかったというもので、萩生田分が2278万円、世耕分が1542万円である。

 これまでに現職国会議員3人を含む10人が起訴あるいは略式起訴されたが、それは検察判断による立件であり、「訂正」という形で証拠が提示され還流の事件構図が明らかになっている以上、今後も告発は可能だ。

 もちろん90人すべては現実的ではないものの、国民感覚で1000万円以上の裏ガネ化は脱税と感覚的には同義。悪質さの兼ね合いもあるだろうが、1000万円以上の20人が告発予定者といえよう。うち二階派が4名で16名が安倍派である。「事件を風化させてはならない。準備はしている」(上脇氏)ということで、萩生田、世耕両氏以降も告発は続き、受理して捜査の流れとなる。

 捜査の結果がたとえ不起訴処分でも、その後は検察審査会が待ち受ける。告発人が「不起訴不当」を申し立て、11人の市民が処分の妥当性を審査し、「起訴すべき」という議決が2度、出れば強制起訴となる。そこまで行くケースは稀だが、再捜査での不起訴という最終結論が出るまで、告発を受けた政治家の活動に支障が生じるのは間違いなく、「検審地獄」に苦しむ議員が出てこよう。

党内と国民のフラストレーションは…

 岸田氏は、事件に絡めて派閥を解消、処分を断行して党内の支配体制を強化した。事件を終らせまいとする告発の動きと、いつまた連動するかわからない検察の思惑、そして国民の厳しい目を思えば、党内の不満分子も動きにくい。

 だが、処分へ向けた岸田氏の「安倍派聴取」など、「どの口がいう」と断罪してしかるべきものだ。

 上脇氏は、裏ガネ化事件の告発を続ける一方、岸田氏の首相就任を祝う会を主催した任意団体が、収益の一部を岸田氏の関連団体に寄付していた問題で、3月4日、岸田氏らを政治資金規正法違反で告発した。

 22年6月に行なわれた祝う会は、会の司会進行は地元秘書で連絡先は岸田事務所という誰が考えても事務所主導の政治資金パーティーだった。だが、岸田氏サイドは「地元有志の純粋な祝賀会だった」として、政治資金収支報告書に記載していなかった。そこで上脇氏は「不記載」で告発した。

 この「人と自分は違う」という姿勢は岸田氏に一貫している。裏ガネ化問題でも、自らの処分については「派閥全体での還付の不記載とはまったく次元が違う」と述べ、不記載は「事務疎漏によるもので、支出にはなんら問題がない」と強調した。仮にそうであっても元会計責任者は立件されており道義的責任はあり、処分の対象となってしかるべきだが、「自民党の歴史のなかでも現職の総裁が処分された例はない」と開き直った。

 首相公邸で忘年会を開いていた長男で政務担当秘書官だった翔太郎氏を更迭する際の遅さや、最側近の木原誠二補佐官が妻の元夫不審死事件に関わったとして「文春砲」を浴びても使い続けたことと合わせ、岸田氏は「聞く力」を標榜しながら、外部の意見をまったく聞かず気にしない。

 この鈍感力を突破力に変えて、政権の不支持率は高いのに党内に敵がいない状態を作り上げた。これまでにない首相タイプだが、自民党内だけでなく国民のフラストレーションも高まる一方であるのは指摘しておかねばなるまい。

伊藤 博敏(ジャーナリスト)

  

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