「人を人として」(2024年3月15日『熊本日日新聞』-「新生面」)

 歴史学者磯田道史さんが先日、司会を務める『英雄たちの選択』(NHKBS)の締めくくりで語っていた。「人を人として扱い、言葉で政治をする。この基本を離れたところに社会の安定はないと思います」と

▼「これが言いたくて、この番組をやっているようなもんですから」。いつも以上に力を込めてのコメントだったこともあって記憶に残った

▼このところの国会では、政治の基本である言葉がますます軽くなっている。きのう開かれた、自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件を巡る参院政治倫理審査会でも、その思いを強くした

▼キーマンとして注目された世耕弘成参院幹事長ら3議員が出席。「痛恨の思い」「深くおわび」と、陳謝の言葉は重々しかった一方で、肝心な還流決定の経緯や還流金の使途の詳細などについては、「分からない」「知らなかった」の連発で、今回の弁明も中身が伴わなかった

▼そもそもこの問題で釈然としないのは、政治活動と名が付けば飲食利用などでも課税されない特権的構造だ。世耕氏は「(還流金使用は)1円もない」と強調したが、世耕氏の秘書も出席した自民党和歌山県連主催の会合では、あらためて政治資金の使い道に焦点が当たっている

▼露出の多い衣装の女性ダンサーを招いた県議(自民党離党)は、「多様性の重要性を問題提起しようと思った」と釈明したという。この言葉の使い方の軽々しさには、女性の社会参画など、「人を人として」公正に扱う重要課題の軽視も透けて見える。