同性婚訴訟判決に関する社説・コラム(2024年3月15日)

 

同性婚訴訟判決 違憲是正の法整備急げ(2024年3月15日『北海道新聞』-「社説」)

 同性婚を認めない民法などの規定について札幌高裁がきのう、憲法に違反するとの判断を示した。
 2021年3月に一審の札幌地裁が初の違憲判断を示して以降、同性婚を認めないのは違憲、あるいは違憲状態だとする判決が各地裁で続いてきた。
 初の控訴審判決を言い渡した札幌高裁でも違憲の結論が導かれた意義は極めて大きい。
 同性婚が認められていない現状をこれ以上放置するのはいよいよ許されなくなったと言うべきだ。
 国会は早急に同性婚の法制化に動かなければならない。
 特筆すべきは、一審が認定した法の下の平等を保障する憲法14条違反だけでなく、「婚姻は両性の合意のみに基づく」と定める憲法24条1項にも違反していると初めて明示したことだ。
 この条項には「両性」や「夫婦」の文言がある。このことから国側は婚姻は男女間のことだと主張し、他の裁判所もこの点については追認してきた。
 しかし札幌高裁は、24条1項は「人と人の自由な結びつきとしての婚姻も定める趣旨を含む」と広く捉え、同性婚も異性婚と同じく保障していると指摘した。
 文言にとらわれるのではなく、時代や社会の変化を踏まえて柔軟に解釈すべきだとの見解だ。うなずける判断である。
 その上で高裁は、同性カップル配偶者控除といった制度保障を受けられず、自己喪失感も抱く実態を挙げ、同性婚が認められていない現状を違憲と断じた。
 個人の尊厳を何より重んじたと言える。
 同性婚への社会の理解は急速に進んでいる。各種世論調査では同性婚を認める人が、認めない人を上回る。
 海外では多くの国や地域が同性婚を認めている。
 判決はこうした昨今の社会の動きにも目配りしている。
 翻って、時流に背を向けているのが政治だ。とりわけ伝統的な家族のあり方を重視する議員が多い自民党にその傾向が著しい。
 しかし、性的指向は自分の意思では変えられない。同性愛者が愛する人と法的な婚姻関係を結べないのは理不尽に過ぎる。
 札幌高裁は、国会に対し「同性婚に異性婚と同じ制度を適用することを含め、早急な議論と対応が望まれる」と、くぎを刺した。
 重く受け止めて、多様な家族のあり方を尊重し合う社会を構築する。それが政治の責務だ。

 

同性婚の法制化 政治の怠慢は許されない(2024年3月15日『信濃毎日新聞』-「社説」)


 婚姻の平等の重要性に大きく踏み込んだ画期的な判決だ。

 同性婚を認めない民法などの規定が違憲だとして、同性カップルらが国に損害賠償を求めた訴訟の初の控訴審判決である。

 札幌高裁がきのう、法律の規定を違憲と判断した。法の下の平等を定めた憲法14条1項、婚姻の自由などを定めた憲法24条1、2項に反するとしている。

 争点となっていた項目のほぼ全てが違憲と判断された。

 きのうは東京第2次訴訟の一審判決もあり、東京地裁が法制度が未整備の現状を「違憲状態」と判断している。

 同種訴訟6件の一審判決は、これで「違憲」2件、「違憲状態」3件となり、「合憲」は1件だけだ。しかも「合憲」とした大阪地裁も現状を放置すれば将来は違憲となる可能性を指摘している。

 同性婚の法制化を求める司法の判断は明確だ。

 政府、国会はもはや司法判断を「注視」するだけでは済まされない。現状の放置は人権の侵害につながると認識し、すみやかに同性婚の法制化に向けた議論を始めなければならない。

■国主張の根本否定

 札幌高裁の判決で注目するべきは、「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」と定めた憲法24条1項について、「同性婚をも保障するものと解される」との判断を初めて示したことだ。

 一審の六つの判決は、24条1項は「同性婚を想定していない」などとして、同項については合憲の判断が出ていた。

 それに対し札幌高裁は、同項は「人と人の間の自由な結びつきとしての婚姻」を定める趣旨を含むと認定。保障しているのは異性間の婚姻のみではないとした。

 同性間の婚姻を許さないことは、婚姻制度に「個人の尊厳と両性の本質的平等」を要請する24条2項にも違反すると認定した。

 国はこれまで、24条1項を根拠に「憲法同性婚を想定していない」と主張し、現状を肯定する根拠の一つにしてきた。札幌高裁の判決は国の主張の根本を否定するものだ。

■少数者に寄り添う

 もう一つの争点は、法の下の平等を定めた14条1項に違反するかどうか、の判断だった。

 札幌高裁は、婚姻の自由は重要な法的利益なのに、同性愛者に婚姻を許さないのは合理的な根拠を欠いた差別的な取り扱いとして、14条1項への違反を認定した。

 弁護団は「民法と戸籍法の規定が違憲であると正面から断言した」と高く評価している。

 どの性別の人を愛するかという性的指向は、趣味や趣向ではなく、自らの意思で変更できない。生まれながらに備わっている個人の性質である。

 札幌高裁は性的指向を「個人として尊重される基礎」と認定し、「同性愛者は社会生活上の制度の保障を受けられておらず、個人の尊厳をなす人格が損なわれる事態」と現状を指摘している。性的少数者の苦しみに寄り添った価値ある判決である。

 政府、国会は判決を重く受け止めるべきだ。

 それなのに林芳正官房長官はきのうの記者会見で「同性婚制度の導入は国民一人一人の家族観とも密接に関わる」と述べ、国民の意見や国会の議論を引き続き注視すると述べただけだ。法務省も「確定前の判決」と静観の構えだ。

 一連の訴訟は今後、高裁判決が出そろった後、最高裁の判断に持ち込まれる可能性が高い。

 一審の札幌地裁が、民法などの規定が憲法14条1項に違反するとの判決を出したのは2021年3月で、既に3年が経過した。

 判決が確定するまで、まだ数年かかるとみられる。それまで現状を放置するのは看過できない。

■早急な議論欠かせず

 札幌高裁は賠償請求については棄却している。

 その根拠は、同性婚の実現には多種多様の形があり、議論の過程を経る必要があると認定したことだ。現時点では立法措置を怠っていたと評価できないとしている。ただし、この判断が今後も続くとは思えない。

 札幌高裁は判決の最後に付言として、同性間の婚姻を定めることは「個人の尊厳に関わる事柄であり、個人を尊重すること」であって、「国民に意見や評価の統一を求めることを意味しない」と指摘。早急に真摯(しんし)な議論と対応をすることが望まれると述べている。

 国会がこのまま論議を怠れば、賠償命令の判決が現実味を帯びると認識する必要がある。

 伝統的な家族観を重視する自民党保守派には同性婚に否定的な意見が根強い。一連の判決を踏まえた上で、法的な根拠を示すことができるのか。

 札幌高裁の判決は「同性婚に対する違和感やこれが高じた嫌悪感、偏見」は「感覚的、感情的な理由にとどまる」として、啓蒙(けいもう)活動によって解消していくとした点も見過ごしてはならない。