なぜ、スポーツ界に女性コーチは増えないのか? 「育成プログラム」責任者の日体大・伊藤雅充教授に聞いた(2024年3月9日『東京新聞』)

 
 女性アスリートの活躍が注目される一方で、トップレベルで指導する女性コーチは少ない。そうした傾向は日本に限らず、2021年東京五輪パラリンピックでコーチの女性割合は五輪で約13%、パラリンピックで約20%だった。日本代表クラスでの活躍を目指す女性コーチを育成する、スポーツ庁委託事業「女性エリートコーチ育成プログラム」の責任者を20年から務める日体大伊藤雅充教授コーチング学)に、現状と課題を聞いた。(聞き手・井上仁)

◆存在が少ないため、女性アスリートが将来像を描けない

 ―トップレベルで指導する女性コーチが少ない理由は。
 女性が能力を高め、コーチとしてのキャリアを歩みたくても、実現できない障壁がある可能性がある。日本に限らず男性がげたを履かされている状態だと、育成プログラムを運営していて実際に感じる。アスリートを適切にサポートするスキルがあれば性別は関係ないはずなのに、選手側も「男性から教えてもらわないといけない」と思い込んでいるところがある。コーチとしてのスキルではなく、見た目とかで評価されている。
 
女性エリートコーチ育成プログラムを率いた日体大の伊藤雅充教授=東京都世田谷区で

女性エリートコーチ育成プログラムを率いた日体大の伊藤雅充教授=東京都世田谷区で

 女性コーチの存在を目にすることが少ないので、女性アスリートが「自分は将来コーチになる」という発想を持ちにくいのかもしれない。見えていれば、そういう仕事がある、男女関係なくそういう立場になれると考えられる。
 ―女性エリートコーチが増えたほうがいい理由は。
 これだけ女性アスリートがいるのに、女性コーチが少ないと、パフォーマンスやウェルビーイング(心身や社会的な健康)にプラスになっていかないのではないか。女性コーチの方が心理面や体のことを相談しやすいとか、将来的にコーチというキャリアもあることで不安なく競技に打ち込めるとか、女性アスリート支援という側面からの必要性がある。
 また、女性が女性に教えるだけではなく、男性が女性コーチを選んでもいい。男女関係なく、いろいろな人がいて、さまざまな形のリーダーシップを準備し、プレーヤーが選べるようにする。そうすることでアスリートがより幸福なスポーツライフを経験していける。多様性があったほうがイノベーションが起こりやすい。
 ―育成プログラムで重視したことは。
 コーチに必要なスキルは男女で変わらないが、女性は共感力が強い可能性が高い。トレーニングで伸ばせるものでもあるので、他の人の話を聞いたり、調整したりする能力を伸ばしていく。
 同時に、「一歩引く」ということを無意識のうちに体験させられてきている人たちがいるので、人前で話すトレーニングに取り組んだ。人前で自分の意見を表明する機会を設け、互いにプレゼンすることで「意見を言っても大丈夫」という感覚を持ってもらうようにした。
 ―優秀な女性コーチが育っても適所に配置されなければ意味がない。
 競技団体に女性コーチの必要性を主張するリーダーがいる間は登用してくれるが、その人がいなくなるとチャンスがなくなる。リーダーシップポジションにいる人がどういう価値観を持っているかで全然違う。性別、年齢、いろいろな人がいても全体が機能するリーダーシップを発揮する能力を、管理的な立場の人が身につける必要がある。女性だけをトレーニングしても解けない課題だ。
 「こうでなければいけない」ではなく、いろいろ選べるようにしておくことが重要。上の人が「コーチは男でなければ」と思っていたら、女性コーチは登用されない。そういうことをなくしていく努力が必要になる。
 スポーツ界の他にも男性優位の業種はあると思う。選択できる社会を整えていくことは、政策をつくる人たち、全体をマネジメントする人たちがリーダーシップを発揮しないといけない部分。そうすればイノベーションが起きやすくなって、もっと社会が発展していくはずだ。
     ◇

◆月経周期の影響やスポーツ用生理用品…最新知見を共有

 女性アスリートを取り巻く環境や女性コーチの育成などについて考える「女性スポーツフォーラム」が1月27日、東京都世田谷区の日体大であり、オンラインを含めて約300人の参加者が、研究や現場での実践で得られた成果と課題を共有した。
 
女性エリートコーチの育成などについて話す日体大の伊藤雅充教授(左)と、日本ボッチャ協会の村上光輝さん(中)と古尾谷香苗さん=1月27日、東京都世田谷区の日体大で

女性エリートコーチの育成などについて話す日体大の伊藤雅充教授(左)と、日本ボッチャ協会の村上光輝さん(中)と古尾谷香苗さん=1月27日、東京都世田谷区の日体大

 スポーツ医・科学や栄養学などの専門家、競技団体の関係者らが、最新の知見やアンケートの結果などを紹介。月経周期が女性アスリートのコンディションに与える影響や、スポーツ用の生理用品が開発・販売されていること、疲労骨折など故障を予防するための食事の量や質などが説明された。
 そうした情報はトップ選手や指導者にはある程度、共有されている一方、特に地方の中学・高校の部活動レベルでは十分に浸透していないという。参加者からは「いろいろな研究成果やツールが出ているが、一元化されていない。もっと集約してアスリートが情報にアクセスしやすい環境をつくることが大事」といった提案もあった。
 スポーツとジェンダーに詳しい中京大の來田享子教授は講演で、トップレベルに女性コーチが少ないことを巡り、選考プロセスや女性支援のあり方の見直しや、組織の意思決定をする立場の人々の意識改革が必要だと指摘。「スポーツ界の変化のうち、アスリートとコーチの変化は可視化されやすい。その影響は社会全体のジェンダー規範を変化させる力になり、多様な人々による共生社会の構築に貢献する」と訴えた。
(井上仁)