岸田首相は
衆院島根1区の応援に2度入ったが、
自民党公認候補の勝利には結びつかなかった(27日、
松江市) =共同
島根で自民敗北 裏金の政権不信深刻だ(2024年4月29日『北海道新聞』-「社説」)
自民党は、残りの東京15区と長崎3区で独自候補の擁立を見送って不戦敗となっており、事実上の「3補選全敗」となる。
最大の焦点は自民党派閥の裏金事件や政治改革のあり方だった。
岸田文雄政権が、真相究明に本気で取り組もうとせず、再発防止や政治資金の透明化にも後ろ向きであることが、厳しい審判につながったのは疑いようがない。
国民の政権不信は相当根が深い。いつまでも不作為を続けていれば信頼回復は遠のくばかりだ。
首相は、選挙結果を重く受け止めねばならない。言葉で覚悟を示すだけの空疎な政治を改め、自民党の金権体質を根底から覆す変革に踏み切らねばならない。
残り2選挙区を不戦敗にしてでもここに集中したのは1勝を確実にしたかったためだろう。首相は2度も地元入りした。島根で敗れた意味は通常の選挙以上に重い。
亡くなった細田氏は裏金づくりの中心となった安倍派の元会長だった。深い関係が指摘された世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題でも真相を語らなかった。
自民党は派閥の解消表明により、全国の秘書らを投入するいつもの選挙応援の態勢が整わなかった。結果的に今の自民党の課題を象徴する選挙だったとも言える。
裏金問題は発覚からもう5カ月になる。自民党内に、時がたてば国民の怒りも風化するとの期待があるなら大間違いだ。これ以上、実態解明の先送りは許されない。
改革案は、自民党以外の大半の野党が企業・団体献金の全面禁止や、政策活動費の廃止などで一致する。首相は野党案を全面的に受け入れるべきである。
国民生活は物価高や円安にあえいでいる。そんな中、首相は少子化対策の財源の説明をあいまいにしたり、国会軽視で殺傷武器の輸出を決めたりを繰り返してきた。
国民に向き合わない傲慢(ごうまん)な政治が支持されないのは当然だ。首相はそのことを改めて肝に銘じなければならない。
選挙結果は、首相の求心力を低下させ、今後の衆院解散・総選挙の戦略にも影響するだろう。
立憲民主党は敵失で得た勝利に甘んじてはいけない。野党の分裂にどう向き合うかも問われる。
国宝松江城は1611年(慶長16年)に完成した当時の天守が現存し、古都松江の町並みにしっとりと溶け込んでいる。だが、こんな言い伝えもある
▼築城時に何度積み直しても完成間近になると崩れる石垣があったので人柱を立てた。ちょうど盆踊り大会が催されており、犠牲になったのは美しく踊りの上手な娘。石垣は積み上がったが、その後は城下で盆踊りがあると天守が大きく揺れ動いた―
▼衆院島根1区の補選で自民党が野党候補に完敗した。岸田文雄首相には江戸城本丸にまで激震が及んだような痛手だろう。一向に解明の進まぬ派閥の裏金問題への有権者の怒りが噴き出した形だ
▼島根1区で議席を得ていたのは故・細田博之氏。安倍派会長として裏金問題の真相を知っていても不思議ではなかった人物であり、旧統一教会との密接な関係については語らずじまいだった
▼城下町に1強政治のおごりとひずみが凝縮されていた。東京15区、長崎3区は候補も出せぬ不戦敗に終わった。保守王国島根の黒星は余計に際立つ
▼かつて「民主主義とは参加することだ」と言い、地元島根県の高い投票率を誇っていたのは竹下登元首相だ。「参加した者は文句を言ってもいい、参加しない者が文句を言うのはおかしいと。だから、まず投票しろと」(「政治とは何か 竹下登回顧録」講談社)。文句のある人たちの1票が王国に鉄ついを下した。
【衆院補選自民全敗】首相は民意に応えよ(2024年4月29日『福島民報』-「論説」)
自民党が衆院3補欠選挙で不戦敗を含めて敗退した結果は、「政治とカネ」問題による党への根深い不信感の表れに他ならない。岸田文雄首相は厳しい民意を直視し、改革を本気で主導するしか支持回復の道はない。
保守王国とされる島根で敗れれば事実上、補選全敗となる。今後の政権運営の主導権を失いかねないと、岸田首相は危機感を強めていたと伝わる。しかし、党総裁として臨んだ21日の街頭演説で「政治資金規正法を今国会で改正する」「私が先頭に立つ」と語気は強めたものの、改革の具体的な内容は語らなかった。
自民党派閥の裏金事件を受け、政治改革が最大の争点となった選挙だ。逆風であればこそ、党の方針を告示前に明確に打ち出し、審判を真摯[しんし]に仰ぐべきなのに、独自案をまとめたのは選挙戦の終盤だ。それですら、連立を組む公明党の突き上げがあっての感は否めない。
肝心の独自案の中身は、収支報告書提出時の国会議員による確認書の添付、不記載相当額の国庫納付などを追加した半面、企業・団体献金や政策活動費など、痛みを伴う改革は棚上げされた。
焦点の一つの「連座制」を巡っては、議員に対する罰則規定の適用要件が限定され、実効性は見えにくい。改革に後ろ向きと受け止められても仕方がない。補選の結果を厳しく受け止め、国民の声に背を向けるような姿勢を改めるべきだ。
立憲民主党は3補選で全勝したものの、真価が試されるのはこれからだ。東京15区は野党の対応が分かれ、政権への批判票が分散した。長く続く「自民一強」の構図を打破し、政権交代を目指すのなら野党間の課題もきちんと検証しなければならないだろう。
共同通信社の世論調査で、次期衆院選は与野党の勢力が伯仲するのが望ましいとの回答が5割に達した。与野党逆転を求める声は2割を超え、現状維持派を上回っている。
衆参両院特別委員会の規正法改正論議は大型連休明けに本格化する。国民の政治不信を払拭し、党利党略を超えて納得のいく成果を得られるのか。与野党は正念場にあると肝に銘じるべきだ。次期衆院選を見据え、選ぶ側も意識と判断力を一段と高めていかねばならない。(五十嵐稔)
衆院3補選 政権「不信任」に等しい(2024年4月29日『茨城・佐賀新聞』-「論説」)
自民は候補者を擁立できず不戦敗に追い込まれた東京15区、長崎3区と合わせ「全敗」という結果になった。いずれも元は自民の議席だった。
前衆院議長の死去に伴う島根1区補選で自民敗北の要因が、派閥の政治資金パーティー裏金事件などによる自民への不信感にあったことは明白だ。
前議長は、巨額の裏金還流が明るみに出た安倍派の前身派閥で会長を務め、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との不明朗な関係も指摘された。このため、立民は政治改革を最大の争点に設定していた。
党総裁の岸田文雄首相は2度にわたり島根入りし、応援演説で信頼回復に向け「先頭に立って取り組む」と強調、今国会で政治資金規正法を改正すると明言した。
その上で、約30年ぶりの高水準になった今春闘での賃上げに言及。6月には所得税と住民税の減税を実施し、「5人家族なら一家で20万円が減税される」とアピールした。
岸田首相には、裏金事件より経済政策を中心にした政権の実績に重きを置き、投票先を選んでもらう意図があったのだろう。加えて「未来に向けて日本を誰に、どの政党に託すか問われる選挙だ」と呼びかけ、政権選択の意味合いまで持たせようとした。
そうした訴えが受け入れられず、「保守王国」で議席を失ったのは、首相の政権運営に「不信任」が突きつけられたのに等しい。
ほかの2補選は東京15区が買収など公選法違反で、長崎3区が裏金事件で、それぞれ自民に所属していた議員の辞職を受けて行われた。9人が立候補した東京15区は立民の新人が勝利。長崎3区では、立民前職が日本維新の会の新人との戦いを制した。
両補選に自民が候補を立てなかったのは、「政治とカネ」問題が直撃した中で、当選の見込みがなかったためだ。つまり岸田政権への信任が得られないと判断したにほかならない。
自民は補選告示後、規正法改正の独自案をまとめた。国会議員の監督責任を強化したとはいうものの「抜け道」が残り、実効性には疑問符が付く。補選結果を踏まえれば、野党の主張を尊重し、より厳格化を図るべきだろう。
首相は裏金事件に関する自らの責任について「最終的に国民、党員に判断してもらう立場だ」と述べ、補選を巡っては「私の政治姿勢も評価の対象に入っている」と語っていた。
対象選挙区は限られたとはいえ、今回の補選で一定の民意は明らかになった。首相は今秋の自民総裁選で再選を目指し、衆院解散・総選挙のタイミングを探っているとされる。政権継続の是非を問うのは当然だが、その資格を有するか顧みる必要があるのではないか。
衆院3補選で自民全敗 首相への不信任に等しい(2024年4月29日『毎日新聞』-「社説」)
岸田文雄首相は2度にわたって
衆院島根1区に入り、街頭演説で
自民党候補への支持を訴えたが及ばなかった=
松江市で2024年4月21日、松原隼斗撮影
「政治とカネ」の問題に正面から向き合わない
自民党の姿勢に、
有権者が「ノー」を突き付けた。
岸田文雄首相は、民意の厳しい審判を受け止めなければならない。
派閥の裏金事件後、初の国政選挙となった
衆院3補選の結果である。自民は公認候補を擁立した島根1区で敗北し、候補者を立てなかった東京15区、長崎3区を含めて全敗となった。
島根は1996年の
衆院選で
小選挙区制が導入されて以来、自民が全選挙区を独占してきた保守王国だ。だが、首相ら党幹部が相次ぎ地元入りしても、逆風をはね返すことはできなかった。
不戦敗となった東京、長崎の2補選は、いずれも自民系前職が選挙買収や裏金事件で辞職し、擁立すらできなかったのが実情だ。
今回問われたのは、裏金事件で浮き彫りになった自民の体質だ。国会の
政治倫理審査会に出席した安倍派幹部らは、派閥からの資金還流への関与を否定し、裏金作りの実態は明らかにならなかった。
党執行部は、安倍派や
二階派の現職議員ら計39人を処分したが、恣意(しい)的な基準や幕引きを急ぐ姿勢が批判を招いた。派閥トップだった首相と
二階俊博元幹事長が不問となるなど、国民が納得できるような内容ではなかった。
政治資金規正法の抜本的な改正にも消極的なままだ。他党から突き上げられて独自案を示したが、改革には程遠い。企業・団体
献金の禁止に触れず、使途の公開義務がない政策活動費の規制など政治資金の透明化に踏み込んでいない。
首相は「火の玉となって」信頼回復に取り組むと述べたが、不透明な金に依存する自民政治への不満はかつてなく高まっている。
首相は補選について「私の政治に対する姿勢も評価の対象に入っている」との認識を示していた。そうであるならば、
有権者の怒りを直視して
政権運営に当たる必要がある。
国会では今後、規正法改正の自公協議が本格化する。政治不信を払拭(ふっしょく)するため、自民は抜本的改正を今国会で実現すべきだ。
補選全敗で崖っぷちに立った岸田政権(2024年4月29日『日本経済新聞』-「社説」)
衆院の3
補欠選挙で、
自民党は候補者を立てられなかった2補選を含め、すべてで敗北を喫した。
自民党派閥の政治資金問題をめぐる生ぬるい対応などに、厳しい民意が示されたといえよう。
支持率が低迷する
岸田文雄首相にとって打撃は深刻だ。9月の
自民党総裁選に向け、
政権運営は崖っぷちに立たされた。敗北を真摯に受け止め、まずは政治資金問題の実態解明と、
連座制を含む抜本改革に本気で取り組まなければ、展望は開けまい。
今回は派閥の資金還流や不記載が発覚後、最初の国政選挙だった。唯一の
与野党対決となった島根1区は
自民党の地盤が厚い保守王国だが、
小選挙区になって初めて
自民党が敗れた。支持者に「今回ばかりは
自民党に投票できない」との声が目立ったことを他の保守王国も肝に銘じるべきだ。
自民党は批判の高まりから東京15区と長崎3区で候補者を擁立できず「不戦敗」となった。政権与党が国政選挙で選択肢を示せないのは民意を問う責任の放棄であり、政治不信を助長する。両選挙区の
投票率が低迷した責めの一端は
自民党が負わねばなるまい。
首相は総裁選を有利に戦うため、その前に
衆院解散・総選挙に踏み切るとの見方がある。だが早期の
衆院選は苦戦が予想され、与党内で解散に慎重な勢力との綱引きが激しくなる可能性がある。賃上げや物価高対応をはじめ経済運営の重要性が増しており、政策への目配りを忘れてはならない。
野党は候補者を一本化した島根1区で勝利した。次期
衆院選に向け、野党が
選挙協力すれば
自民党に勝る余地があることを改めて示したといえる。ただ現状では野党第1党の
立憲民主党と同第2党の
日本維新の会の足並みはそろっていない。
自民党不信が高まっているときこそ、野党の戦い方が選挙結果を大きく左右する。
政治不信の増大は既成政党への不満を高めかねない。
有権者の政治離れを招く一方、極端な主張をする勢力への期待を膨らませる可能性がある。日本では欧州のような
ポピュリズムや極右政党は目立たなかったが、そうした芽が生まれつつないか注視したい。
選挙期間中、選挙妨害とも受け取れる行為が起きたのは残念だ。公正で自由な選挙活動が担保されなければ、民主主義の基盤である選挙への信頼が揺らぎかねない。厳しく対応すべきである。
衆院3補選 自民は「全敗」を直視せよ(2024年4月29日『産経新聞』-「主張」)
記者団の取材に応じる
茂木敏充幹事長(中央)ら=28日午後、東京・永田町(酒井真大撮影)
派閥パー
ティー収入不記載事件やその後の対応が原因で、厳しい審判を突きつけられたといえる。そもそも東京15区と長崎3区で候補者を擁立できなかったのは、政権与党として深刻だ。
岸田文雄首相と自民は選挙結果を直視しなければならない。
通常国会の会期中であり、政策を着実に遂行し、信頼を回復していくほかあるまい。
不記載事件を受けた再発防止策について、自民が独自案を出したのは選挙戦終盤になってからだった。党内の処分は遅く、処分内容に不満が出て混乱も続いた。不記載の実態解明もできていない。これらが不信感に拍車をかけている。
政治資金規正法の改正を今国会で成し遂げてもらいたい。
ほかにも取り組むべき課題は多い。安定的な
皇位継承策については、大型連休明けに始まる
与野党協議で確実に合意を図るべきである。政争の影響が及ぶことがあってはならない。
憲法改正に関して国会はいまだに
改憲原案の作成に着手していない。急ぎ取り組みたい。
厳しい安全保障環境が続く中、防衛力の抜本的強化策を進めることも重要だ。6月には先進7カ国首脳会議(
G7サミット)が控える。7月の
北大西洋条約機構(
NATO)首脳会議には、首相が招待される見通しだ。国内外の課題はどれも停滞が許されないものばかりだ。
補選を巡っては、東京15区で
諸派の新人候補やその陣営関係者が、他陣営が演説をしている近くで大音量で威嚇したり、誹謗(ひぼう)中傷したりする選挙妨害が繰り返された。多くの候補者が街頭演説の事前告知をすることができず、異常事態となった。このほかにも複数の陣営間でトラブルが相次いだ。
各候補者の演説を聞く機会を奪う行為は許されない。候補者の主張を
有権者に確実に届ける環境が担保されなければ、公正な選挙は成り立たない。民主主義の危機であり、対策を講じる必要がある。
政治資金改革 消極性に満ちた自民案(2024年4月29日『東京新聞』-「社説」)
野党同様、
政治資金収支報告書への不記載・虚偽記載があった場合、会計責任者だけでなく議員本人も処罰される
連座制の導入を表明したが、報告書の内容を十分に精査せずに「確認書」を交付した議員にとどまり、実効性ある法改正に積極的とは言えない。
党総裁の
岸田文雄首相は今国会での法改正実現を繰り返し言明するが、事件への反省や再発防止に向けた決意を疑うほかない。
不記載・虚偽記載を巡っては、衆参両院の
政治倫理審査会に出席した安倍派幹部ら9人全員が「知らぬ存ぜぬ」を決め込み、会計責任者任せだったと弁明した。
自民党案は、収支報告書が適正に作成されたことを示す確認書の交付を議員本人に義務付けるが、会計責任者が不記載・虚偽記載で処罰され、議員が報告書の内容を十分に確認していなかった場合のみ議員にも刑罰を科し、
公民権を停止するとしている。
現段階では、どのような場合に議員が報告書の確認を怠ったと認定できるのかは不明。十分に確認したのに不正を見抜けなかったと釈明する抜け道が残るなら、実効性には疑問が残る。
ほとんどの野党が企業・団体
献金の全面禁止を主張し、野党と
公明党は政策活動費の使途公開や廃止も訴えたが、
自民党はいずれも否定的な姿勢に終始した。
自民党が独自案をまとめたのは特別委直前の23日。
公明党との与党協議の決着は大型連休明けになるという。6月23日までの今国会中に法改正を実現させる決意はあるのか。実現できなければ、政治不信をさらに深めるだけだ。
多くの関係者に影響を与える政治資金制度の改革は、党派を超えた合意に基づかねばならない。
自民党に議論を主導する意思がないのなら、野党各党と
公明党が率先して改正案を取りまとめ、
自民党に受け入れを迫るべきである。
島根1区補選で自民敗北 改革求める民意受け止めよ(2024年4月29日『中国新聞』-「社説」)
政治資金パーティーを悪用した裏金事件の実態解明と、政治資金の透明化に対する自民党の後ろ向きな姿勢が駄目出しされたと言えよう。
きのう投開票された衆院島根1区の補欠選挙で、立憲民主党元職の亀井亜紀子氏が、自民党新人の錦織功政氏との直接対決を制した。「自民王国」と呼ばれてきた島根県の小選挙区で、自民党が敗北したのは初めてだ。
「政治とカネ」問題を巡る逆風を受け、同時に行われた衆院東京15区、長崎3区の補選に自民党は候補者を擁立できず不戦敗している。3補選で全敗を喫した結果に岸田政権は真摯(しんし)に向き合い、信頼回復に向けて政治改革に取り組まなければならない。
島根1区補選は細田博之前衆院議長の死去に伴う。細田氏は裏金事件を起こした安倍派の前身派閥で会長を務め、高額献金被害の訴えが相次いだ世界平和統一家庭連合(旧統一教会)側との接点も問題視された。自民党政治の暗部が問われた選挙でもある。
衆院選挙制度が小選挙区制に移行後も、自民党では選挙戦の多くを派閥が主導した。通常なら弔い選挙になるはずが、安倍派は裏金事件で解散に追い込まれた。逆風の中、「細田隠し」の選挙戦に終始するしかなかった。
亀井氏に先行を許す中、岸田文雄首相をはじめ党幹部が相次ぎ選挙区入りしたが、形勢は転換できなかった。裏金事件が党支持層に生じさせた深刻なひび割れが浮き彫りになったのではないか。
加えて、自民党は政治資金規正法改正の独自案を持たぬまま告示を迎えた。公明党、野党の猛反発を受け、慌てて取りまとめるなど迷走。その内容も資金の透明化を阻む抜け道を温存するものだった。
そんな姿勢を有権者は「改革への熱気が感じられない」と判断したのだろう。家計を苦しめる物価高への対応や少子化対策の財源問題も批判票につながったとみられる。
政治改革を求める民意は示された。自民党は衆参両院の政治改革特別委員会などを通じて野党と協議し、後半国会で規正法の改正を実現することが求められる。
不正が起きた際の議員の責任の取らせ方、パーティー収入や政策活動費の透明化、企業献金の存廃など、他党が示す見直しの論点は出そろっている。「政治活動の自由」を口実に背を向けることは許されない。改革の出発点が裏金事件の実態解明にあることも忘れてはならない。
通常国会は6月23日に会期末を迎える。首相が衆院解散・総選挙に踏み切る可能性も指摘される。水面下では9月の自民党総裁選に向けた動きが活発化しそうだ。
内閣支持率の低迷にあえぐ首相だが、有力な「ポスト岸田」がいない中、政局の主導権は手放していない。現時点では補選敗北の責任を問う声も高まっていない。
首相は政治の信頼回復へ、リーダーシップを発揮するべきだ。お茶を濁すような規正法改正ではさらに国民の離反を招く。政権延命が最優先と見透かされるだけだ。
「政治とカネ」選挙(2024年4月29日『中国新聞』-「天風録」)
35年前の今月スタートした消費税。生きていれば、100歳になっていた竹下登氏が導入した。「政界のおしん」と呼ばれたほどの忍耐強さや野党を含む人脈の広さで、多くの異論を粘り強く説得した
▲大平正芳氏や中曽根康弘氏ですら、やり遂げられなかった大仕事である。ところが、1カ月もしないうちに退陣表明に追い込まれる。内閣支持率がリクルート事件で急降下したのだ。カネを巡って高まった政治不信という強い逆風に吹き飛ばされた
▲そんな記憶がよみがえったのは、派閥の裏金事件で自民党に再び逆風が吹いているからだろう。きのう投開票された全国三つの衆院補選のうち、二つは不戦敗を強いられた
▲候補を立てられたのは島根1区だけ。竹下氏を生んだ島根県は「自民王国」と呼ばれる厚い支持基盤を誇ってきた。前衆院議長の弔い合戦でもあり、余裕の戦いのはずだったのに、逆風はここでも強く、議席を失った
▲地方を大事にしつつ、野党を含む異論への目配りを忘れない―。そんな竹下流の政治は、どこに行ったのか。数頼みの手法が幅を利かし、東京一極集中は加速する一方。変わらないのは、政治とカネの問題だけだとしたら情けない。
衆院島根1区は亀井氏 地域再生に全力尽くせ(2024年4月29日『山陰中央新報』-「論説」)
亀井亜紀子氏の街頭演説に集まった有権者たち=20日、松江市学園2丁目
28日に投開票された衆院3補欠選挙のうち、唯一の与野党一騎打ちとなり、岸田政権の命運を左右する選挙区として全国から注目を集めた島根1区。結果は立憲民主党元職で党県連代表の亀井亜紀子氏(58)が自民党新人で元中国財務局長の錦織功政氏(55)を破り、衆院の選挙区では初当選を果たした。
自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件による「政治とカネ」の問題が影響し、事前調査で亀井氏有利という観測が流れてはいたが、半信半疑だった。
島根県は竹下登元首相や「参院のドン」と呼ばれた青木幹雄元官房長官ら自民党の有力議員を輩出してきた「保守王国」。島根1区も、小選挙区が導入された1996年以降、昨年11月に死去した細田博之前衆院議長が当選を重ねてきた。これまでずっと「細田」と書いてきた有権者が自民以外の候補者名を書くのか疑いの目を向けていた。
だが、その疑念は現場を訪ねてすぐに解消された。選挙戦初の週末となった20日、松江市学園2丁目のスーパー前であった亀井氏の街頭演説をのぞくと、500人近い有権者が候補の到着を待ち構えていた。
マイクを握った亀井氏自身が「この場所(での演説)でこんなに多くの人は見たことがない」と驚いたほど。応援弁士として野田佳彦元首相と、知名度の高い蓮舫参院議員がやって来た効果もあるだろう。
裏金事件を念頭に、野田氏が「解明しない。納税しない。説明責任を果たさない。処分しない。『しない』ばかりだ」と自民を批判し、「反省しない政党に処分を下す投票をしよう」と声を張り上げると、賛同の拍手が一斉に湧き上がった。
対照的だったのが、21日に同市西浜佐陀町のスーパー前であった錦織氏の街頭演説。自民党総裁の岸田文雄首相が来県したこともあり、動員数は前日の亀井陣営を上回っていたものの、錦織氏に続いて首相がマイクを握った途端、会場を立ち去る人の姿が目に付いた。
山陰中央新報社などが20、21の両日、島根1区の有権者を対象に行った電話調査によると、普段の支持政党は自民が42%で立民の19%を引き離したが、次期衆院選比例代表の投票先は立民が31%で自民の27%を上回った。裏金事件で「自民離れ」が加速している証しと言える。
今回の選挙戦を振り返ると、裏金事件を前面に押し出して攻勢を強める立民に対し、自民は防戦一方という構図だった。加えて、錦織氏は知名度の低さもあり、遊説も自己紹介に一定の時間を割かざるを得なかった。
その結果、両氏とも地域医療の確保・充実、農林水産業や離島振興などの政策を訴えたものの、項目を羅列したに過ぎず、具体的な処方箋についての言及は乏しかった。有権者には物足りない内容で、政策論争で関心が高まったとは到底思えない。
亀井氏は選挙期間中、「国づくり八策」と名付け、子育てと教育予算の増加や、JR木次線を念頭に置いた公共交通の維持などの政策を掲げた。いずれも人口減少で衰退する地域の再生へ向けて欠かせない政策だ。
「保守王国」に風穴をあけたことがゴールではない。今回は補選だけに残された任期は限定的だが、地域のために「八策」実現へ全力を尽くしてほしい。