障害者に工賃払わないまま福祉事業所閉鎖 埼玉 職員給与と合わせ1000万円分 公費はどこにいった?(2024年3月3日『東京新聞』)

◆社長の男性とは連絡が取れない状態

 一般企業などには就職が難しい障害者が軽作業をして工賃を得る「就労継続支援B型事業所」を、埼玉県内の3市で展開していた「ベル・エンプロイメント・サポート」(本部・越谷市)が、障害者の工賃や職員の給料を払わないまま事業所を廃止していたことが関係者への取材で分かった。事業所の運営は公費で賄われ、不適切な運営があれば自治体は給付金の返還を請求しなければならないが、社長の男性とは連絡が取れない状態となった。各市とも対応に苦慮している。(足立優作)

 就労継続支援B型事業 障害があって一般企業での就労の難しい人が働く場として利用する福祉サービス事業の一つ。障害の比較的軽い人が多く、雇用契約を結んで最低賃金以上の時間給を保障する「A型」に対し、「B型」は事業所との雇用契約を結ばずに作業所などの軽作業を行う。生産活動の対価は「工賃」と呼び最低賃金が適用されるA型の賃金よりも低い。

 関係者によると、さいたま市南区で障害者に販売用のカブトムシやメダカなどの世話をする仕事を提供していた「ベル武蔵浦和」が昨年6月末付で廃止する届けを出した。職員には4~6月中旬の給料が不払いの状態で、利用者にも4、5月の工賃が支払われていないという。
 同社が就労継続支援B型事業所を運営する越谷、川口市でも廃止届が出された。昨年5月末時点で3事業所の職員は13人、利用者は約70人いた。職員の給与と工賃合わせて約1000万円が不払いとみられ、職員らは労働基準監督署へ相談した。

◆「障害者は稼ぐことが難しいのに」憤る元利用者

越谷市に廃止届けが出された事業所。標札と郵便ポストにテープが張られていた=埼玉県越谷市新越谷で(足立優作撮影)

越谷市に廃止届けが出された事業所。標札と郵便ポストにテープが張られていた=埼玉県越谷市新越谷で(足立優作撮影)

 元職員の男性は取材に「福祉事業で職員だけでなく利用者が働いて得たお金を持って逃げるのは許されない」。元利用者の女性は「少しずつ通所に慣れてきたところで施設が閉鎖され、ショックだった。障害者は稼ぐことが難しいのに、工賃が不払いになってとても悔しい」と憤った。
 越谷市は、利用者や職員から「給与の支払いに遅れがある」と報告を受け、代表の男性に工賃を支払うよう勧告したが応答はなかったとしている。さいたま、川口市にも同様に報告があったが、両市は勧告などはしていない。
 ベル社に取材を試みたが電話には出ず、無人の事務所には表札と郵便受けの文字が見えないようにテープが張られていた。

◆運営費や給与に自治体から給付金「返還求めるのは難しい」

 「就労継続支援B型事業所」の運営費や職員の給料は、自治体からの給付金で賄われている。関係者によると、さいたま市はベル・エンプロイメント・サポート社に5月分までの給付金を支給していたという。市の担当者は「ベル社と連絡が取れず実際のサービス内容が確認できない。ただちに返還を求めるのは難しい」との見解を示した。
 越谷市は給付金の返還対象になりうる不祥事であることを認めた上で「連絡が取れない」ことを理由に、手をこまねいている。担当者は「回収できなければ最終的に不良債権になる」とこぼした。
 障害福祉制度に詳しい日本福祉大の戸枝陽基(ひろもと)客員教授は今回のできごとを「めったにない事例」としながら、2006年の障害者自立支援法施行で、それまで社会福祉法人に限られていた就労支援事業に民間企業の参入を可能にしたことが、悪質な事業者を呼び込んだ一因ではないかと指摘する。
 「社会福祉法人になるには国や県の厳しい調査があるが、民間企業のまま就労継続支援事業所を運営する場合は比較的簡単な要件で済む。福祉の市場化が進み、利益を優先する事業所も増えているのではないか。事業者が連絡を絶つ前に行政が監督責任を果たせば防げたかもしれないが会社がなくなり何もできなくなった」と推察する。
 再発防止のため「欧米の福祉先進国では、障害者団体が国の補助金で当事者や家族による事業所の評価を公表している。日本ではそうしたチェック機能が乏しい。国が障害者団体などにお金を出し、適正な評価ができる環境を整えることが必要だ」と、第三者が事業所をチェックするしくみづくりを提案する。