不登校だった娘に自信を付けてもらおうと、親子で挑戦したのが能登半島を自転車で1周する旅だった。あれから16年。たくさんの人情に触れた思い出の土地は震災で変わり果ててしまった。自費出版した1冊の本に感謝の気持ちと復興への願いを込めた。(中村真暁)
「娘が頑張れた場所。能登を自慢したい」
◆七尾も輪島も珠洲も走った、思い出の地
石川県七尾市の能登島大橋、能登町の真脇遺跡、輪島市の朝市や千枚田、羽咋(はくい)市の千里浜海岸…。多くの名所が登場する。恩田さんが富山県氷見市のキャンプ場にメガネを置き忘れたときは、石川県珠洲(すず)市の道の駅まで郵送してくれた。息を切らして坂道を上っていたときは、道路工事の男性たちが「頑張れよう」と手を振ってくれた。どのエピソードも実話が基になっている。宝箱のように美しい景色や親切な人々との出会いに何度も感激し、ねねさんの成長を実感した。
ねねさんは同級生の暴言や暴力をきっかけに学校へ行かなくなった。シングルファーザーだった茂夫さんは「学校へ行かないことで自信を失ってほしくない」と家で勉強を教えた。
◆「大切なのは成長だと再確認できた」
ある日、娘に達成感を感じてもらう方法として父娘で自転車で旅をすることを思いついた。目標は分かりやすく、どこか「1周」するのがいい。まだ行ったことのない場所を探し、能登半島を選んだ。氷見市から金沢市まで、7泊8日の自転車旅を計画した。
石川県羽咋市の海岸を自転車で走る恩田茂夫さん(左)とねねさん
その後、ねねさんは小学校は通わず卒業し、中学、高校、大学を経て現在は福祉関係の仕事に就いている。父娘の自転車旅は続き、北海道から鹿児島までこれまでの総走行距離は8000キロになった。
恩田さんは「学校へ行くのは選択肢の一つでしかない。大切なのは成長だと、旅で再確認できた」と振り返る。自分たちの姿が学校生活に悩む親子らのヒントになるかもと、最初の旅の書籍化を思い立ち、ちょうど編集作業を終えた今年の元日、能登半島地震が発生した。
◆文通続けた女性の無事確認できたが
石川県珠洲市の道の駅すず塩田村を訪れた恩田茂夫(右)とねねさん
約2週間後、女性から無事を知らせるメールが届いた。ほっとしたものの、被災地にはつらい思いをした人が大勢いる。「能登の人は本を読んでいる場合でない」と出版に気持ちが揺れたが、感謝の思いには一点の曇りもない。巻頭にメッセージを加えた。
「能登半島に救われ、だいすきになった余所者(よそもの)の、感謝の想(おも)いです。どうか、ゆっくりと、元気になっていってくださいますように」
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パレードブックス。194ページ。1000円(税別)。アマゾン、全国の書店で購入できる。売り上げの一部は被災地に寄付する。