プーチン大統領に関する社説・コラム(2024年5月9日)

SF小説の巨匠、アーサー・C・クラークの名作…(2024年5月9日『毎日新聞』-「余録」)
 
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クレムリンでの就任式を終えて手を振るプーチン露大統領=7日、代表撮影・ロイター
 
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8日、ウクライナ東部ドネツク州のロシア支配地域で行われた対独戦勝記念日行事で巨大なリボンを持つ参加者たち=ロイター
 
 SF小説の巨匠、アーサー・C・クラークの名作「幼年期の終わり」の冒頭、ドイツの敗戦後に渡米した科学者が登場する。廃虚で別れた親友はソ連に渡り、宇宙開発競争のライバルになっていた
▲現実にも先端のドイツ人研究者は東西に別れる運命をたどった。米国のロケットの父、フォン・ブラウン博士が有名だ。ソ連でも1925年にノーベル物理学賞を受賞したグスタフ・ヘルツ博士らが働いた
ソ連は戦後、核開発で急速に米国に追いつく。スパイ活動で米国から入手した情報とともに45年5月9日のドイツ降伏時に確保したドイツ人研究者が役割を果たした。工場や研究所の重要設備も労働者ごと国内に運んだという
▲それから79年。通算5期目に入ったプーチン露大統領はソ連から引き継いだ核による脅しをためらわない。国家存亡の危機なら「核を含め、あらゆる兵器を使用する準備がある」と語り、戦術核の使用を想定した演習実施を指示した
▲「国際的管理が確立されない限り、核軍拡競争が起こる」。ヒロシマに先立ち、警告なしの原爆投下に反対した米シカゴ大の「フランク・リポート」だ。まとめ役のジェームズ・フランク博士はヘルツ氏とノーベル賞を共同受賞後にドイツを逃れた
▲米政府は耳を貸さなかったが、戦後はそのとおりの経過をたどった。独裁を強めるプーチン氏は再び、核軍拡競争の火付け役になるかもしれない。冒頭の小説で「幼年期」の人類を教育した宇宙からの「上帝」なら未熟さを笑ったろう。
 
プーチン帝国」の野望阻止へ強い結束を(2024年5月9日『日本経済新聞』-「社説」)
 
 ロシアのプーチン大統領が7日、モスクワのクレムリンで就任式に臨み、通算5期目の任期に入った。永続化する「プーチン帝国」の野望を阻むため、日米欧などの民主主義諸国はこれまで以上に結束を強める必要がある。
 2000年に大統領となったプーチン氏は、20年に自ら改憲を提案し、2期12年の任期延長に道を開いた。2036年まで現職にとどまることが可能で、終身の国家元首の座もうかがう。
 改憲後初の24年3月の大統領選は自由でも公正でもなく、正統性が疑問視された。多くの米欧諸国や日本がウクライナ侵略に抗議して就任式を欠席したのも当然だ。
 民主化に背を向けたプーチン氏は専制君主のような権力者に転じ、ソ連より前の伝統的な帝政への回帰を強めている。危ういナショナリズムをあおり、米欧との対決やウクライナ侵略を歴史的使命だとみなす重大な誤りを犯した。
 「ともに勝利しよう!」。プーチン氏は7日の就任演説をこう締めくくった。侵略と米欧に対する「勝利」を諦めないロシアが、今後も多くの世界的リスクをもたらすことは明らかだ。
 差し迫った脅威はロシア軍によるウクライナでの占領地の拡大だ。プーチン氏はロシア帝国の領土だったウクライナの多くをロシアの歴史的な土地だとみなす。
 民主主義陣営はやや劣勢に立つウクライナへの支援の手を緩めず、力による現状変更を試みるロシアを必ず敗北させなければならない。勝利を許せば、東アジアで台湾統一に向けた中国の動きにも影響を及ぼしかねない。
 ウクライナ侵略の先には、ロシアと米欧の直接の軍事衝突が起きるリスクがある。ロシアは就任式の直前、非戦略核戦力の軍事演習を近く始めると発表した。危険な挑発と脅しはやめるべきだ。核戦争という最悪の事態は何としても避けなければならない。
 ロシアは同じ旧帝国で権威主義の中国やイランなどと対米欧で共闘を強め、世界の分断を試みている。プーチン氏は就任後初の外遊先に中国を選ぶ見通しだ。ともに「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国に触手を伸ばす。
 帝国の自壊も想定しておくべきだ。プーチン氏は今年、72歳になる。いずれ健康不安が浮上したり、ウクライナで敗れたりすれば、権力闘争が始まるだろう。核大国の混乱への警戒は欠かせない。
 
プーチン氏5期目 全露軍撤退へ圧力強めよ(2024年5月9日『産経新聞』-「主張」)
 
 ウクライナ侵略を続けるロシアのプーチン大統領が通算5期目の統治を始動させた。
 2000年に登場したプーチン氏は今後、最長で2期12年、83歳になる36年まで事実上の終身大統領として、ソ連スターリン時代を上回る長期独裁を維持する可能性がある。
 プーチン氏は就任演説で、3月の大統領選での「圧勝」を踏まえ、「われわれは結束した偉大な国民だ。あらゆる障害を克服して計画したすべてを実現する」と強調した。侵略を継続し、最終的にはウクライナの自由と独立を奪って属国化するという野望の吐露だ。
 冷戦後の国際秩序を力で破壊しようとする独裁者の暴走は阻止せねばならない。
 プーチン氏は西側諸国に対して「対話は拒否しない」としながら、「ロシアの発展を抑えつけ、侵略・圧力政策を続けるのか」と迫った。ロシアがまるで「被侵略国」であるかのような詭弁(きべん)である。
 大義なき侵略はすでに800日を超えた。ウクライナの無辜(むこ)の犠牲者は増え続けている。ロシア国内では「反戦」「反政権」派を封じ込める人権・言論弾圧が苛烈化している。
 劣勢が伝えられるウクライナ軍に、この半年ほど滞っていた米国からの軍事支援がようやく届き始めた。西側はこうした機会に結束を新たにし、プーチン氏の野望をくじくためにロシア軍の全面撤退へ圧力を強めるべきだ。バイデン米大統領は「われわれは独裁者に立ち向かう。プーチン氏にも屈しない」と語った。
 ロシア国防省は就任式前日、ウクライナに接する露南部軍管区の戦術核兵器を運用するミサイル部隊が、軍事演習を近く実施すると発表した。露側は「西側当局者がウクライナ派兵の可能性に言及した挑発的な発言への対応」としているが、核に絡んだ軍事演習の威嚇とは言語道断だ。
 プーチン氏は「ロシアを信頼する諸国との関係を強化する」とも述べた。経済・軍事関係を強める中国、北朝鮮を近く訪問する予定だ。
 プーチン氏は、ロシアの安全が保障される形での新国際秩序の構築を自身の歴史的使命と考えているという。だが、力による現状変更は到底許されないことを知るべきだ。