日本版DBS始動へ 9割初犯、性加害防止の対策手探り(2024年6月20日『日本経済新聞』)

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埼玉県は教員の性暴力防止のため新たな研修資料を公表した
 
子どもと接する仕事に就く人の性犯罪歴を雇用主が照会する「日本版DBS」の導入が決まった。学校や幼稚園に性犯罪歴の確認を義務づけて就業を事実上制限する対策に踏み込んだ。初犯が9割に上るとのデータもある中、教育現場は教員らが避けるべき行動を学ぶ研修の充実や、子どもが第三者に相談しやすい窓口の整備を模索している。
日本版DBSを創設する新法が19日の参院本会議で可決、成立した。英国の政府系機関「前歴開示・前歴者就業制限機構(Disclosure and Barring Service)」をモデルにした。2026年度にも施行する見通し。
行政の監督の仕組みがある学校や幼稚園、保育所などに対し、職員や就職希望者に性犯罪歴がないかどうかの確認を義務づける。民間の学習塾やスポーツクラブ、放課後児童クラブ(学童保育)などには任意の認定制度を設ける。国から認定された事業者は同様の義務を負い、広告表示が可能となる。
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刑法の不同意性交罪や児童ポルノ禁止法違反罪などが「特定性犯罪」として確認の対象になる。照会ができる期間は拘禁刑は刑の終了から20年、罰金刑は10年などと定めた。
性犯罪歴があった場合、子どもと接しない仕事への配置転換や就業希望者の不採用といった「防止措置」が必要となる。子どもとの面談などを通じて「性暴力の恐れがある」と認められた場合も防止措置を講じなければならない。
慶応大の大屋雄裕教授(法哲学)は「日本版DBSは再犯を防ぐ仕組みとしては有効だ」と評価する。一方、「初犯の被害は防げない。(学校や事業者が)工夫をこらし、子どもを守る対策を進化させていく必要がある」とも指摘する。
こども家庭庁によると、09〜21年に摘発された性犯罪の容疑者のうち、約9割は過去に同様の犯罪歴がなかった。子どもを守る法の整備に加え、教育現場で教員などの意識向上を図る取り組みも欠かせない。
生徒の頭や肩をポンとたたく――。「仲が良いから良いだろう」と思うのはわいせつ行為に至る行動と心理のパターンの1つ。埼玉県教育委員会は6月中旬にこうした内容を盛り込んだ教員研修用のワークシートを新たに作成した。
生徒の心の支えになるという考えが、いつしかプレゼントのやりとりや学外で接触するといった一線を越えた関係に発展するケースは少なくない。
県教委は23年度から心理学の専門職員と連携して過去の事案を分析して問題が起こるまでのパターンを例示した。危うい行動を見直す教材として県立高校などで活用を始めた。
公立小中の教員採用予定者には23年度から子どもと接する際のルールを記したチェックリストを配っている。「メールやSNSでやりとりをしない」「校外で会わない」などの項目がある。
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県教委担当者は「具体的な事例をイメージして当事者意識を持つことが大事。子どもの性被害が絶対に起きないようにしたい」と話す。
東京都教委は22年4月、性被害について児童生徒からの電話相談に第三者の弁護士が応じる窓口を設けた。23年度は体罰なども含めて約1000件の相談が寄せられ、教職員による性加害が疑われる事案は28件あった。生徒のわいせつな画像を所持したとして区立中の元校長が逮捕された事件が発覚するきっかけにもなった。
しかし全国的に取り組みは道半ばだ。文部科学省の委託調査によると、性被害を防ぐために教職員らの研修を独自に実施している自治体は22年8〜9月時点で31.5%だった。
進まない理由として人手不足や専門の研修方法が分からないという声は多い。性被害に特化した相談窓口について「ない」「検討していない」と答えた自治体も6割を超えた。
日本版DBSの導入に伴い、国は学校や幼稚園の設置者に研修実施や、子どもが相談しやすくなるような措置を義務づけた。国などが効果的な取り組みを共有するといった後押しも必要になる。
保育事業者として日本版DBS制度の創設を求めてきたNPO法人フローレンスの赤坂緑代表理事は「子どもたちにも『おかしいと思ったら大人に伝えていい』と教えていかなければならないが、子ども向けの研修は義務化されていない。教員向けの研修に加え、包括的に取り組むべきだ」と強調する。
 
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