日本版DBS法案に関する社説・コラム(2024年3月29日)

子どもを性犯罪から守る“日本版DBS” 導入したらどう変わる ...

 

日本版DBS法案 子どもの安全が第一だ(2024年3月29日『山形新聞』-「社説」)

 

 子どもと接する仕事に就く人について学校や保育所に性犯罪歴の確認を義務付ける「日本版DBS」創設法案を、政府が国会に提出した。公的な監督が及ばない学習塾、放課後児童クラブなどには任意の参加を促す。これに応じた事業者は国の認定を受け、確認義務を負う。旧ジャニーズの性加害問題もあり、芸能事務所も対象にする。今国会成立を目指し、制度開始は2026年ごろの見通しだ。

 犯罪歴があれば、雇い主は求職者に職種を変えるか就労を諦めるよう求め、既に働いている人の場合は解雇もあり得る仕組みにする。さらに犯罪歴がなくても、子どもや保護者から性被害の訴えがあり、雇い主が「加害の恐れがある」と判断したら、配置転換などを行わなくてはならない。

 英国のDBS(前歴開示・前歴者就業制限機構)がモデルとなった。教員や保育士、塾講師による子どもへの性加害が後を絶たず、厳しい就業制限はやむを得ないだろう。ただし、憲法で保障された「職業選択の自由」を損ないかねないとの懸念は根強い。一方で保護者を中心に学習塾にも最初から確認を義務付けるなど、規制強化を求める声が相次ぐ。

 子どもの安全を第一に考え、規制に抜け道を残さないために法案審議の過程で細心の注意を払うのは当然だ。併せて混乱を招かないよう、解雇を巡る判断基準などを詰め、ガイドラインで、できるだけ具体的に示す必要がある。

 日本版DBSでは、雇い主が性犯罪歴の照会を申請すると、こども家庭庁が法務省に確認し「犯罪事実確認書」を出す。裁判で有罪判決が確定した「前科」に限定し、示談などによる不起訴処分は含まれない。条例違反も対象になる。懲役刑や禁錮刑なら刑を終えて20年、罰金刑以下は10年の間、照会できるようにした。

 政府は有識者会議の提言を踏まえ昨年秋、創設法案を提出しようとした。だが、与党や被害者団体から規制が不十分と批判や注文が続出したため断念。その後、当初想定した採用時の犯罪歴確認を既に働いている人に広げ、場合によっては解雇を容認する方針を打ち出した。

 小規模な施設で配置転換できる職種がない-といったケースを念頭に置いている。ただ労働契約法は解雇について「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効」と規定し、厳しい制限を課している。

 仮に、長年にわたり問題なく働き続けている人に犯罪歴があると分かったときにどうするか。雇い主は難しい判断を迫られるだろう。こうした事例にも対応できるだけの判断基準が必要になる。解雇無効などの訴訟が相次ぐようでは、制度に対する信頼が揺らぎかねない。

 子どもの安全確保という観点から、教員や保育士にとどまらず、運転や給食などの業務に関わり、子どもの近くに身を置く職種についても犯罪歴確認の対象にすべきだとの意見がある。障害者施設を対象に加えてほしいとの要望もある。

 法整備は急務だが、日本版DBS創設法が成立しても全てが解決するわけではない。加害者の治療や更生の支援を含め、あらゆる対策について議論と見直しを重ねていかなくてはならない。

 

【日本版DBS】子ども安全へ議論尽くせ(2024年3月29日『高知新聞』-「社説」)

 子どもと接する仕事に就く人の性犯罪歴を確認する「日本版DBS」の導入などを柱とした「こども性暴力防止法案」を、政府が国会に提出した。性犯罪歴がある人の就業を制限できるようにする内容で、2026年ごろの開始を目指す。
 子どもの性被害の報告は後を絶たない。統計では、12歳以下に対する重大な性犯罪の認知件数は年間約千件だが、表面化していない場合も多く、氷山の一角とみられる。
 立場の弱い子どもを守る仕組みを整備するのは当然だ。日本版DBSの導入は、一度でも性犯罪を起こしたら子どもに接する職業に就けないとのメッセージになり、抑止力にもつながるだろう。性犯罪をなくす一歩になってほしい。
 一方で、憲法の「職業選択の自由」や労働者の人権などとのバランスが問われ、運用面でもまだ曖昧さを残している。導入後に現場が混乱しないよう、国会では議論を尽くしてもらいたい。
 日本版DBSは、こども家庭庁が情報照会システムを構築。就労希望者、現職者ともに、裁判で有罪が確定した「前科」がないか、確認できるようにする。学校や保育所、幼稚園には確認を義務づけ、学習塾や放課後児童クラブなどは任意の「認定制」とする。
 政府は昨秋の臨時国会での法案化を目指していたが、与党から「内容が不十分」との指摘を受け、方針を修正。犯罪歴の照会期間を、拘禁刑なら20年とするなど当初案より延ばし、痴漢や盗撮行為など自治体の条例違反も照会対象に加えた。「子どもの安全」を優先して、より網を広げた格好だ。
 照会期間や対象行為の範囲については、それでも不十分だとする意見がある。一方で、刑法が定める加害者更生の観点から慎重論もある。制度は開始して3年後に見直す予定であり、継続的にさまざまな視点から検証する必要がある。
 実務面では、一連の確認作業の中で、個人情報が漏えいすることが危惧される。徹底した情報管理の仕組みが導入の前提になる。
 法案は、再犯を防ぐだけでなく、性犯罪歴のない人への対応も定めた。雇用主側が子どもや保護者の訴えなどを基に調査し、該当者に「性加害の恐れがある」と判断すれば、配置転換など安全措置を講じなければいけないとした。
 性犯罪は全体の約9割を初犯が占める。再犯対策のみでは効果が限られるのは事実であり、初犯対策の必要性は理解できる。
 しかし、「性加害の恐れ」の捉え方は人によって異なることが考えられる。子どもと大人それぞれの主張が食い違うこともある。雇用者側が恣意(しい)的に運用すれば、労働者の不利益につながる可能性も生じる。
 政府は、「性加害の恐れ」の判断基準を示すガイドラインを法案成立後に策定するとしているが、明確な線引きは難しいことが予想される。早急に方針をまとめ、議論に付すべきだ。

 

日本版DBS 子どもの安全を最優先に(2024年3月29日『西日本新聞』-「社説」)

 

 学校や保育所など子どもが日常的に過ごす場で、大人によるわいせつ行為が後を絶たない。優位な立場を悪用した卑劣な性暴力をなくすため、政府は新たな対策を始める。

 性犯罪歴のある人が子どもと接する仕事に就けなくする制度で、英国の先例に倣って「日本版DBS」と呼ぶ。関連法案の国会審議で、指摘されている課題を慎重に議論してもらいたい。

 政府が性犯罪歴のデータベースを作り、学校や保育所などが教員、職員採用の際に照会を義務付ける仕組みだ。

 習い事や学習塾といった民間事業者は任意で、学校などと同様の照会をすれば国が認定し、広告に表示できる。

 窓口のこども家庭庁は、照会された人に犯歴がなければ雇用者に伝える。あった場合は本人に通知し、採用内定を辞退すれば雇用者に確認書を交付しない。現職の人も対象で、配置転換のほか解雇される場合もあり得る。

 犯歴照会は個人のプライバシーに関わり、憲法が定める「職業選択の自由」との兼ね合いも問われる。

 それでも優先すべきは子どもの安全だ。子どもと接する仕事に制約を設けることはやむを得ないだろう。

 文部科学省の調査では、2022年度に18歳未満への性暴力で処分された公立学校教員は119人に上る。保育所でもわいせつ行為が相次ぎ、最近は大手学習塾で盗撮事件が起きた。

 性犯罪は被害者の尊厳を深く傷つける。特に子どもは事態がのみ込めず、相手との関係性から声を上げにくい。大人になっても苦しみ続ける。

 見過ごせないのは、性犯罪の再犯率が有罪確定後の5年間で13・9%に上ることだ。特に小児わいせつは繰り返す傾向がある。

 こうした実態から子どもを守る対策は強化しなければならない。ただしDBSは完全な制度ではない。

 犯歴照会の対象は不同意わいせつ罪や、痴漢や盗撮といった条例違反だ。被害者と示談して罪に問われなければ犯歴は残らない。

 雇用者には丁寧な対応が求められる。犯歴がない人でも「性加害の恐れがある」と判断すれば、配置転換や解雇ができる。誤った判断や乱用があってはならない。

 政府は制度の運用指針を検討している。被害防止と人権尊重を両立させるためにも、雇用者に分かりやすい判断基準を示すべきだ。

 法案は犯歴の照会期間を刑の終了から最長20年とした。20年を超えて再犯する人が1割以下になる調査結果に基づく措置だが、刑法では禁錮以上の刑を終えて10年たつと効力を失うため、法案作成の段階では慎重論があった。これも法案審議の論点になる。

 DBSだけで初犯に対応するのは難しい。職員研修を重ね、子どもが声を上げやすいように性教育や相談体制を拡充することが欠かせない。