これで、子どもたちの性被害を防げる? 教員などの性犯罪歴確認を義務づけへ 日本版DBS、国会に法案提出(2024年3月23日『東京新聞』)

 
 子どもと接する職場の従業員に性犯罪歴がないかを確認する「日本版DBS」制度を導入するため、政府は19日、法案を国会に提出した。犯歴がある人の就業を制限し、子どもの性被害を防ぐのが狙いだ。法案提出までの過程で、犯歴をさかのぼる期間や職業選択の自由との兼ね合いなどの論点があった。そうした課題はクリアされたのか。(山田雄之、山田祐一郎)

◆今国会での法案成立、2026年頃開始目指す

 「社会全体で子どもたちを性暴力から守る意識を高めていく観点からも大変重要な法案だ」。加藤鮎子こども政策担当相は19日の閣議決定後の記者会見で、日本版DBSを創設する「こども性暴力防止法案」の意義をこう述べた。
19日の加藤大臣記者会見(こども家庭庁公式YouTubeより、スクリーンショット)

19日の加藤大臣記者会見(こども家庭庁公式YouTubeより、スクリーンショット

 日本版DBSは、子どもと接する仕事に就く人に性犯罪歴がないか、雇用主がこども家庭庁を通じて法務省に照会する制度だ。英国の「DBS」(前歴開示・前歴者就業制限機構)を参考にしている。政府は今国会での法案成立と2026年ごろの制度開始を目指している。
 法案によると、すでに働いている人も照会対象。性犯罪歴が確認された場合、雇用主は子どもと接する業務への不採用や配置転換といった措置を採らなければならない。最終手段として解雇も許される。
 学校や認可保育所には犯歴の確認を義務づける。学習塾や放課後児童クラブ、スポーツクラブは参加が任意の「認定制」にする。認定を受けると、犯歴確認をしていると広告できる。フリーランスのベビーシッターなど個人事業主は制度の対象外となった。

◆「抑止力になる」制度創設を歓迎

 性犯罪歴を照会できる期間は、拘禁刑(懲役刑と禁錮刑を25年に一本化)の場合で刑終了から20年、罰金刑以下は10年とした。不同意わいせつ罪などの刑法犯に加え、各自治体が定める痴漢や盗撮などの条例違反罪の犯歴も照会できる。
 性被害の問題に取り組む団体「Be Brave Japan」の代表で、10代後半のときに教員から性暴力を受けた石田郁子さん(46)は、日本版DBSの創設を「一度でも性犯罪を起こしたら、子どもに接する職業に就けないという強いメッセージを打ち出している。社会全体が性犯罪をより重く認識すると思うので、初犯を含めて広く抑止力になる」と歓迎する。
日本版DBSが施行されれば、学校や認可保育所には犯歴確認が義務づけられる(イメージ写真)

日本版DBSが施行されれば、学校や認可保育所には犯歴確認が義務づけられる(イメージ写真)

 一方で「まだまだ制度の漏れは多い。犯歴を確認できなかった大人による子どもへの性被害が起きると予想される」と指摘する。

◆照会期間の制限を問題視する声も

 石田さんの場合、被害当時は言い出せず、後に起こした民事訴訟で性暴力が認定され、教員は懲戒免職になった。日本版DBSは懲戒処分や民事訴訟までは対象にしていない。
 「制度に不具合があれば早急に見直していくべきだ」と石田さんは訴える。
 性被害者らでつくる団体「Spring」の田所由羽共同代表も「条例違反まで対象に含めた点は評価できるが、十分に満足いく内容ではない」と語る。「子どもと関わる職業の事業者には全て、就労希望者の犯歴の確認を義務づけるべきだ。被害に遭ってしまえば、子どもにとって場所は関係ない」と強調する。
 犯歴の照会期間に期限が設けられている点も問題視する。性加害を繰り返す人がいる実態を踏まえ、田所さんは「子どもと接する職業に二度と就けないという制限を受けるのは妥当ではないか」と投げかける。

◆処分教員の8割は条例違反、対象に含んだ修正を評価も…

 昨年9月に公表された日本版DBSについての有識者会議の報告書では、想定される照会対象の犯罪歴に、痴漢や盗撮などの条例違反罪は含まれていなかった。
遊具で遊ぶ子ども(イメージ写真)

遊具で遊ぶ子ども(イメージ写真)

 日本大の末冨芳教授(教育行政学)は「わいせつ事案で処分される教員の約8割が条例違反という実態が把握されており、学校現場から大きな欠陥として指摘されていた。今回の法案で対象に含まれ、実効性の面で一定レベルに達したと感じる」と評価する。
 一方で、こうした罪でも示談が成立するなどして、不起訴処分になった場合は対象から外れる。衣類に体液をかけるなどの器物損壊罪や暴行罪、下着を盗む窃盗罪も照会の対象外になっている。「まずは一刻も早くスタートすることが重要だが、抜け穴は残っている。運用する中でこれらも子どもへの加害であると認められれば、対象になっていくだろう」とみる。

◆性暴力が行われる「おそれ」、どう判断する?

 法案づくりの論議の過程で、日本版DBSでは初犯を防げないという指摘があった。法案では初犯対策として、過去に性犯罪歴がない人でも、児童や保護者からの相談を受けた場合は、雇用主側が調査しなければならないと規定。その結果、「性暴力等が行われるおそれがある」と判断すれば、配置転換などの安全措置を講じなければならないとしている。政府は判断基準や調査のあり方をガイドラインで示す方針だ。
 労働問題に詳しい佐々木亮弁護士は「児童からの申告があって事実が確認された場合は、『おそれ』ではなく、処分が必要だ。そうでないならば、何が『おそれ』に該当し、誰がどのように判断するのかを明確にする必要がある。だが、類型化するのは難しい」と指摘する。
こども家庭庁が入る霞が関ビルディング

こども家庭庁が入る霞が関ビルディング

 日本版DBSを巡る議論では、子どもを守る側面と、憲法が保障する「職業選択の自由」とのバランスも取り沙汰されたが、この点はクリアになったのか。

◆「憲法が保障するプライバシー権とのバランスは?」

 佐々木さんは「児童に対する性犯罪の前科がある人が教員など子どもにかかわる職に就けなくなっても、その職業以外に就く自由は認められており、一定の合理性はある」と受け止める。だが「あくまで前科がある人を対象にするべきであり、あいまいな『おそれ』が労働者の不利益につながるのは、踏み込みすぎだ」と恣意的(しいてき)な運用への歯止めの必要性を強調する。
 「感情的議論が先行している。性犯罪が他の犯罪よりも再犯率が高いとデータ上は言えないのに、不安感が出発点となっている」と話すのは、甲南大の園田寿名誉教授(刑法)だ。
 「戦後の刑事政策は、罪を犯した人の排除ではなく更生を目標に組み立てられてきた」。園田さんはこう前置きした上で指摘する。「子どもへの性犯罪が卑劣なのは言うまでもないが、法律が運用されれば、前科情報を一般に開示し、犯歴が確認された人を排除することになる。憲法が保障するプライバシー権とのバランスも問われる」

◆まだ課題は山積み、学びの機会を

遊具で遊ぶ子ども(イメージ写真)

遊具で遊ぶ子ども(イメージ写真)

 制度の拡大への危惧もある。「今回の法案が『アリの一穴』となり、学校や塾だけでなく、小児科医や産婦人科医まで対象に含めたり、性犯罪以外の窃盗や薬物犯罪などにも制度を広げようとしたりという動きが起きる可能性もある」
 教育現場での被害者の相談支援を行うNPO法人「スクール・セクシュアル・ハラスメント防止全国ネットワーク」の亀井明子代表は「日本版DBSの創設自体は評価するが、課題は山積だ」と話し、制度以外での対策強化も求める。
 「大人たちは人権研修などを通じ、子どもが嫌がることについての認識を共有し、互いの行為や言動に意見を言い合える環境づくりが大切だ」とする。子どもに対しても「性被害に遭わないために、声を上げられるように『何が性被害なのか』を学ぶ機会が必要だ」と呼びかけている。

◆デスクメモ

 子どもから性犯罪加害者を遠ざけたい。親の一人としてそうした心情はある。一方で、更生がなければ根本的な解決にはならないとも思う。刑務所などで加害者治療のプログラムも取り入れられている。日本版DBSが全てではなく、多角的な取り組みが必要なのは言うまでもない。(北)