クールジャパン「新戦略」、また政府のバラマキが始まる? 安倍政権の「黒歴史」をまさかの高評価(2024年6月15日『東京新聞』)

 すっかり下火になったのに最近、息を吹き返したのがクールジャパン政策だ。安倍政権肝いりの機構が巨額赤字を出すなど、目を背けたい黒歴史になったと思いきや、今月にクールジャパンの新戦略が公表された。コンテンツ事業の海外展開を2033年までに4倍の20兆円にするという。壮大な目標ではあるが、どうにも反省が乏しい。政府の思惑は何なのか。本当にうまくいくのか。(森本智之、山田祐一郎)
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知的財産戦略本部であいさつする岸田首相(右から3人目)=4日、首相官邸
◆「再起動すべき時期が到来した」
 「クールジャパンを『リブート』(再起動)すべき時期が到来した」
 約50ページに及ぶ「新たなクールジャパン戦略」はこんなひと言で切り出された。
 広辞苑大辞林によると、「再起動」「リブート」は「コンピューターを起動しなおすこと」。クールジャパン戦略を担当する内閣府知的財産戦略本部の担当者は「アニメやゲームなどコンテンツなどは伸びてきている。一からやり直す『リセット』ではなく、さらに伸ばす、加速させるイメージ」と解説する。
 クールジャパン政策は漫画、アニメに代表されるような日本ならではの製品やサービスを海外に売り込み経済成長につなげようという政策。日本経済を支えてきた製造業などに陰りが見える中、潜在的な競争力はあると注目されていた。
◆第2次安倍政権が担当大臣を置き推進
 力を入れたのは第2次安倍政権。2012年12月に担当大臣を置き、成長戦略の一環として推進した。
 政治ジャーナリストの角谷浩一氏は「麻生政権時代にアニメや漫画の国立ミュージアム構想もあった。第2次安倍政権では成長戦略の目玉になりそうだとみて取り込んだのだろう」と語る一方、「政府が仕掛けなくてもコンテンツの魅力があればファンは飛び付く。政策の効果はどこまであったのか」と述べる。
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新たなクールジャパン戦略の概要を記した資料
 内閣府によると、アニメやゲームなどコンテンツ事業の海外展開規模は22年時点で4.7兆円。この10年で約3倍になり、順調に拡大している。ところが、旗振り役として13年11月に設立された官民ファンド「海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)」の累積赤字は356億円(23年3月)に達し、近年は統廃合まで議論されてきた。
◆コロナ禍が明け「改めて戦略を作った」
 こうした中での新戦略。内閣府の担当者は「ゴジラ—1・0(マイナスワン)がアカデミー賞で注目されるなど、コンテンツの人気は相変わらず高く、訪日客も順調に伸びる。コロナ禍が明けたことで今回、改めて戦略を作った」と話す。
 特に重視するのはコンテンツ産業。4.7兆円の海外展開規模を33年までに約4倍の20兆円に引き上げる目標だ。経団連が昨年に提言で示した「33年に15兆〜20兆円」を踏まえたほか、海外でも伸びの予測がある点を考慮したという。先の担当者は「ちょっと高めかも」と言う一方、達成のために必要な政策を問うと作品のデジタル化や多言語翻訳、クリエーターの労働環境の整備などを挙げた。
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新たなクールジャパン戦略の概要を記した資料
◆10年で4倍は「かなり野心的な目標」
 ただこれらはこれまでも取り組んできた課題でもある。とりわけ労働環境では、アニメ制作の多重下請け構造など長年の懸案とされながら解決されていない問題もある。有効な手を打てるのか。担当者は「確かに一気に解消とはいかないかもしれない」と認める。
 野村総合研究所木内登英氏は「既に日本のコンテンツは海外で受け入れられている。そこから『10年で4倍』というのはかなり野心的な目標」と指摘する。
 「うまくいけばインバウンドも増える可能性があるが、どう達成するか、具体的な政策の中身が問題だ」
◆356億円の累積赤字でも「政策的効果は果たした」
 クールジャパンの新戦略を見ると、これまでの取り組みについても前向きな評価が目立つ。象徴的なのが前出の官民ファンド、クールジャパン機構の評価だ。
 356億円に上る累積赤字を出したのに「需要開拓を行うための店舗拠点などに出資などを行ってきた。このような取り組みにより、波及効果や呼び水効果など全体として政策的効果は果たしている」と楽観的。機構の役割として「民間だけでは十分に集まらない中長期的なリスクマネーを必要とする案件に投資を行っている」とし、今後も「萎縮せず取り組むべきとの意見がある」と言及した。
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世界コスプレサミットでパレードする参加者たち=2023年8月、名古屋市
 内閣府の担当者は「官民ファンドの性格上、もうけを出すのは難しい。これまでは投資段階で、これから回収に入る」と釈明する。
◆「興味がない政治家や官僚に何ができるのか」
 政府の反省は、果たして足りているのか。
 「今までのクールジャパン戦略に何もいいことはなかった」と厳しい評価を下すのは作家の古谷経衡氏。「日本のアニメや漫画、ファッションなどを海外に売り込もうとするのは分かるが、関わる政治家や官僚がそれらのユーザーでないのが問題。売り込む商品が好きでもなく、興味がない人たちに何ができるのか」
 機構は14年にマレーシア・クアラルンプールに東南アジアでの拠点となる百貨店に出資。18年に機構が撤退する直前に現地を視察した古谷氏は「日本産コンテンツではフロアが埋まらない。食やファッションを展開しても市場感覚がなく、めちゃくちゃな価格設定で人が来ない」と振り返る。
 政府は新戦略で世界各国・地域でのニーズの調査・分析を課題に挙げるが、古谷氏は「どうすればウケるというのは結果でしかなく、もうけるための分析自体が難しい」と述べ、「文化や芸術は国家がつくるものではない」とも訴える。
◆岸田政権の思惑は…
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知的財産戦略本部であいさつする岸田首相(中)
 課題山積ながら壮大な目標を掲げる岸田政権の思惑は何なのか。「いろんな産業が行き詰まる中、製造業やITへの投資というと、『今さら』という感があるが、文化投資という言葉は有望であるように見える。そこで赤字を出しても、そこまでたたかれないという安心感があるのでは」
 ポップカルチャーに詳しいライターの松谷創一郎氏氏の見方も厳しく、「広報戦略は必要だが、これまでうまくいっていないのは確か。単なるバラマキで終わっており、今後も繰り返されるのは避けなければいけない」と危ぶむ。
 機構の出資事業では、株主企業が関連するものも目立ち、公的資金の還流が問題視されたこともあった。「岸田首相が掲げる『新しい資本主義』でコンテンツ産業の活性化はやりたかった一つのはずだ。期待したいところもあるが、利権に群がる企業や専門家は少なからず出てくるだろう。どこまで排除できるのか」
 クールジャパン戦略で政府はアニメなどの特定分野を支援しようとする一方、国立科学博物館が運営費用をクラウドファンディングで募る現実もある。
◆必要なのは「創作に専念できる環境づくり」
 ジャーナリストの津田大介氏は「近年はよく韓国と比較されるが、日本の文化予算は国際的に見ても圧倒的に少ない」と訴える。
 「やるのであれば小手先の支援ではなく、文化全体への投資が必要。法整備などを進め、個人のクリエーターが安心して創作に専念できる環境づくりをどこまで本気でやるかが重要だ」
 ただ、政治や行政と文化芸術の距離感も課題だ。
 自身が芸術監督を務めた2019年の「あいちトリエンナーレ」が展示内容への批判から、文化庁補助金が一時不交付とされた経験からこう強調する。「カネを出しても口を出さないというのが原則だ。この原則を機能させることが創作に資することになる」
◆デスクメモ
 唐突に示した驚くべき目標。それも反省が乏しいまま。果たして何がしたいのか。本気でクールジャパンに熱を注ぐなら首相就任時から力を込めればいいのに。やってる感を見せるためか。バラマキで心を引きつけるためか。亡き安倍氏の支持層に訴求するためか。疑問が尽きない。(榊)