企業は決然とカスハラ防げ(2024年5月30日『日本経済新聞』-「社説」)

 
東京都はカスハラ対策として条例制定に踏み込む
 

 流通・サービス業などで従業員が利用者からの過度な苦情や迷惑行為に悩まされるカスタマーハラスメント(カスハラ)が問題になっている。放置すれば働く人の士気を下げ、仕事の質や効率が落ちる。人材確保にも影響しかねず、企業は決然と防止に動くべきだ。

 厚生労働省が最近実施した実態調査によれば、過去3年間に従業員からカスハラの相談を受けた企業は28%に上った。相談件数も増加傾向にある。

 医療・福祉、宿泊・飲食サービス、不動産、小売りなどの分野で被害が多い。顧客との接点を持ち生活に不可欠な業種で広がっている。SNSへの投稿という「脅し」の手段の普及も増加の背景にあるとみられる。

 日本企業は顧客重視の姿勢からカスハラを見過ごす傾向が強かった。しかし標的となった従業員が心身に不調をきたす例も少なくない。対応に追われれば店舗運営の効率が下がり、一般客への応対にも支障が出る。現場の責任者が毅然と対応するためにも、まず経営者が明確な方針を打ち出すことが大事だ。悪質なケースは警察への通報もためらうべきではない。

 JR西日本はカスハラ対処の基本方針を発表し、被害を受けた従業員が弁護士に相談できる仕組みの整備を盛り込んだ。損害賠償請求などをしやすくする狙いだという。他の鉄道・航空会社などでも対策を打ち出す企業が相次いでいる。大手企業がこうした姿勢を明らかにすることは産業界全体の取り組みを後押しする。

 一方で、配達や介護といった訪問型のサービスは企業の目が届きにくい。今後の課題となろう。映像や音声の記録をカスハラ対策につなげているタクシー業界の例は参考になるのではないか。

 東京都はカスハラを禁止する条例を作る。具体的な内容も盛り込む方針だ。消費者としての正当なクレームと、就業者の心身の安全を脅かすカスハラを、どう線引きするか。官民で協力し認識を共有したい。