イラン大統領が墜落死に関する社説・コラム(2024年5月22日)

イラン大統領が墜落死 中東混乱への波及危ぶむ(2024年5月22日『毎日新聞』-「社説」)
 
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イランのエブラヒム・ライシ大統領を乗せたヘリコプターがイラン北西部の山中で墜落し、現場で救助作業を行う人々=2024年5月20日、Moj News Agency・AP
 イランの山岳地帯でヘリコプターが墜落し、乗っていたライシ大統領やアブドラヒアン外相らが死亡した。濃霧など悪天候が原因とみられている。
 ヘリの遭難が伝えられた時点で最高指導者ハメネイ師は「国政に混乱はない」と述べ、国民に動揺しないよう呼び掛けた。
 第1副大統領が職務を代行し、大統領選挙が来月28日に実施されることになった。
 イスラムシーア派の大国イランでは、最高指導者が国家方針の最終決定権を持つ。そのため外交や内政の方針が大きく変わることはない。
 ただ、ハメネイ師の後継者問題への影響は無視できない。「愛弟子」のライシ師が最有力候補だったためだ。
 名前が挙がる人物は、シーア派の高位聖職者の中にもいるが、公職経験がないなど適任者がいないのが現状だ。
 ハメネイ師は84歳と高齢で、後継者を育てる時間は限られている。今後、保守強硬派内で主導権争いが激化する可能性もある。
 ライシ師は2021年に大統領に就任して以来、反米強硬路線を取り、ウラン濃縮活動やミサイル開発を進めてきた。
 一方、22年には、ヘジャブ(頭髪を覆うスカーフ)着用の強制に抗議する女性らによるデモを徹底的に取り締まり、多数の犠牲者を出した。
 世界有数の産油国だが、核開発疑惑などを理由に米欧から制裁を科され、国民の多くが生活苦にあえいでいる。若者や女性を中心に、保守政権に不満を持つ市民は多い。内政が混乱すれば周辺国にも影響が及びかねない。
 中東では、パレスチナ自治区ガザ地区での紛争が拡大する兆候もある。
 イランはパレスチナイスラム組織ハマスレバノンシーア派組織ヒズボラ、イエメンの武装勢力フーシ派などを支援している。
 今年4月に在シリアの大使館が空爆された際、イランはイスラエルに300発以上のミサイルを発射するなど報復合戦となった。
 周辺国はライシ師の急死に乗じてイランを刺激する言動は慎むべきだ。中東に新たな不安定要因を生むことは避けねばならない。
 
アジアのノーベル賞と呼ばれるマグサイサイ賞に…(2024年5月22日【毎日新聞』-「余録」)
 
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イラクバグダッドのイラン大使館前に追悼のために掲げられたライシ大統領(左から2番目)ら犠牲者の写真=20日、ロイター
 アジアのノーベル賞と呼ばれるマグサイサイ賞に名を残すフィリピンのマグサイサイ大統領は1957年、セブ島山中での専用機墜落で亡くなった。国民的な人気を集めた49歳。機体の故障が原因だったが、一時はテロ説も流れた
▲4年後には「コンゴ動乱」の調停で現地を訪れた国連のハマーショルド事務総長の搭乗機が墜落した。ブラックボックスの普及前。機体はバラバラになり、今も暗殺説が消えない
▲世界の政治指導者が航空機事故で死亡した例は十指に余る。2010年には専用機でロシアに向かったポーランドカチンスキ大統領が着陸直前の事故で死亡した。機長の判断ミスか。管制上の問題か。両国の非難合戦に発展した
▲今度はイスラエルのガザ侵攻で緊張が高まる中東での事故だ。イランのライシ大統領が北西部の国境地帯でのダム落成式に出席後、ヘリの事故で亡くなった。悪天候で着陸に失敗したらしい
▲大統領の急死は国家的な悲劇だ。国内外への影響が気になる。SNSでは早速、別の事故を使ったフェイク映像が流れたという。だが、妙な陰謀論が取り沙汰されていないのは不幸中の幸いだろう
▲「中東に関する本を書くのはパソコンを買うのに似ている」。国際政治学者の高橋和夫さんの言葉だ。どんなに新しい情報に依拠してもすぐに古くなるそうだ。高齢の最高指導者、ハメネイ師の後継候補だった大統領の他界や想定外の大統領選も新たな変数か。中東情勢がさらに混迷を深めるような事態は見たくない。
 
ライシ師の墜落死 中東の不安定化を避けよ(2024年5月22日『産経新聞』-「主張」)
 
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20日、ライシ大統領を追悼する集会で悲しむ女性ら=イランの首都テヘラン(共同)
 
 イランのライシ大統領がヘリコプターの墜落事故で死亡した。ダムの完成式典に出席した後、別の視察先に向かう途中だった。同乗していたアブドラヒアン外相も死亡した。悪天候が原因の墜落事故だとみられている。
各国からは追悼の声が寄せられ、岸田文雄首相も「深い悲しみの念に堪えない」とする談話を発表した。
 中東ではパレスチナ自治区ガザでイスラエルイスラム原理主義組織ハマスの戦闘が続いている。ハマスの後ろ盾であるイランもイスラエルとの対立を深め、4月にはイスラエル領土を初めて直接攻撃した。
 ライシ師の急逝が緊迫する地域情勢に悪影響を及ぼしてはならない。政情の不安定化で利を得ようとする国や勢力が挑発的行動を取らぬよう関係国や国際社会は警戒を強めるべきだ。
 ライシ師は、1979年のイラン革命を指導したホメイニ師や現最高指導者のハメネイ師ら「革命第1世代」を支えてきた。反米の保守強硬派で、ハメネイ師の最有力の後継候補でもあった。イランでは大統領は行政の長であり、国政全般の決定権は最高指導者が握る。このため現在の米欧に対する強硬姿勢と、親中国、親ロシアの路線は変わらない見通しだ。
 ライシ師死去後、暫定大統領に任命されたモフベル氏はプーチン露大統領と、バゲリ外相代行は中国外務省幹部と、それぞれ電話会談を行った。
 一方、国内では、政治的対立や社会的混乱が深まることもあり得る。それが国民に犠牲を強いることがないよう、まずは6月28日に実施する予定の大統領選を公正に行うようイランに促していきたい。
 2021年の大統領選挙では最高指導者の影響下にある護憲評議会が、改革・穏健派の立候補を認めなかった。投票率は48・8%と革命以来、最低となり「茶番」とも批判された。これを繰り返してはならない。
 核開発問題で米国から制裁を受けるイラン経済は疲弊している。22年には、女性が髪を隠すヘジャブ(スカーフ)着用に反対するデモが全土で起きた。
 ライシ政権はこうしたデモを弾圧し、子供を含む500人以上が犠牲になった。指導部には、有権者の不満に正面から向き合い、公正で公平な選挙を行うべき責務があろう。