米の対中EV関税強化 保護主義の過熱を危ぶむ(2024年5月17日『毎日新聞』-「社説」)

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対中関税の強化について演説するバイデン米大統領ホワイトハウスで5月14日、ロイター
 
 外国製品を締め出す保護主義的な政策がエスカレートすれば、世界経済の分断と混乱に拍車を掛けるだけではないか。
 バイデン米政権が、中国製の電気自動車(EV)に課す関税を現行の4倍の100%にすると決めた。鉄鋼も大幅に引き上げる。低価格の製品が大量に流入し、米国の産業や雇用に打撃が及ぶ事態を防ぐという。
 トランプ前政権から続く高関税政策によって、中国製のEVや鉄鋼はほとんど輸入されていない。それでも関税を強化する背景には、11月の大統領選をにらんだ政治的思惑があると指摘される。
 世論調査では、返り咲きを狙うトランプ氏との競り合いが続く。自動車工場が集まるミシガン州や鉄鋼の生産拠点が多いペンシルベニア州は、勝敗を左右する激戦州と言われている。
 「米国第一」を振りかざすトランプ氏は、当選すれば中国製品に60%の関税を課すと強調している。バイデン氏も強硬な姿勢を打ち出し、有権者にアピールしようとしているのだろう。
 各国の脱炭素政策でEV市場が拡大し、中国は欧州などへの輸出を急速に伸ばしている。技術革新の成果と主張しているが、巨額の補助金で輸出価格を不当に押し下げていると米欧は批判している。
 中国が公正な貿易をゆがめているとすれば問題だ。だが一方的な制裁は世界貿易機関WTO)のルールで禁じられている。相手国が反発し、争いが泥沼化する懸念があるためだ。
 中国は報復を示唆している。高関税をかけ合う事態になれば、トランプ前政権が繰り広げた「貿易戦争」の再燃を招きかねない。
 両大国の対立激化は、ウクライナ危機に伴うインフレなど多くの懸案を抱える各国の景気をさらに悪化させる恐れがある。
 世界経済を安定させるのが大国の役割だ。米国はかつて自由貿易の旗手を自任し、成長をけん引してきた。通商摩擦はWTOなどを通じた協議で解決を図るのが本来あるべき姿である。
 選挙を理由に内向きになっては、国際社会に対する責任を果たせない。自らの立場を自覚し、独善的な振る舞いを慎まなければならない。