日米の鉄鋼再編 政治が投資を遮っている(2024年4月11日『信濃毎日新聞』-「社説」)

 米大統領選が激化するにつれて、内向き志向がさらに強まることが心配だ。

 鉄鋼業界の大型再編を巡り、米国で保護主義の動きが顕在化している。日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収問題だ。

 日鉄が昨年12月、約141億ドル(約2兆円)を投じて買収すると発表した。先進国最大市場の米国で高級鋼材の需要を見込む。粗鋼生産量は単純合計で世界4位から3位に浮上する。

 世界最大の鉄鋼会社だった老舗の買収に、全米鉄鋼労働組合(USW)は「組合員と国の利益を危険にさらす」と反発した。

 日鉄は「USスチールが米国の象徴的な企業であり続けるための最適なパートナー」だとして、一時解雇や工場閉鎖を否定する。これに対しても「空約束だ」とUSWの態度は硬いままだ。

 買収は大統領選のさなかで政治的な駆け引きを招き、問題をさらに複雑にしている。

 トランプ前大統領が「私なら即座に阻止する」といち早く表明すると、現職のバイデン大統領も「国内で所有・運営される米国の鉄鋼企業であり続けることが不可欠」と反対姿勢を示した。

 USスチール本社がある東部ペンシルベニアは大統領選の激戦州だ。両者が保護主義を競い合い、反対する労組票を狙う中で、買収の行方は不透明になった。

 米国はトランプ政権下で、貿易自由化の枠組みである環太平洋連携協定(TPP)を離脱した。高関税をちらつかせて自国産業を保護する通商政策を取った。

 国際協調に転じたはずのバイデン氏も、トランプ氏を支える「米国第一」の世論を無視できず、保護主義傾向を修正し切れずにいる。その姿が今回現れた。

 全米商工会議所は、買収が政治問題化したことは「不適切だ」とする声明を発表した。雇用創出につながる投資を米国の政治が危険にさらす恐れがある―とのメッセージを世界に送ることになりかねないと、警鐘を鳴らす。

 日本の対米直接投資残高は国別で首位だ。経済の結び付きは強く、進出先で多くの雇用を生む。

 日鉄は、USスチールへの投資と技術提供によって品質と競争力を高め、米国の優位性を強化できるとする。両社の先端技術を融合し、鉄鋼業界で課題の脱炭素の取り組みを進めるとも言う。

 投資や貿易、技術移転が遮られ、かえって自国産業の競争力低下を招くところに、保護主義の危うさがある。