暑さ対策前倒し、言葉の涼味にあやかりたい(2024年4月18日『産経新聞』-「産経抄」)

銀座では暑い日差しが降り注いだ=15日午後、東京都中央区(岩崎叶汰撮影)

 空調業界にはその昔、「冷凍年度」なるものがあった。エアコンに冷房機能しかなかった時代の名残といい、冷房需要の落ち着く10月が新年度の始まりとされた。すでに廃止されたものの、ひんやりとした語感は耳に心地よい。

▼そんな言葉の涼味にもすがりたくなる、昨今の陽気である。先日、立ち寄った家電売り場では「超早得」の店頭広告が目に留まった。いまエアコンを2台、3台とまとめて買った方には割引します―と。夏場を見越した冷房需要の先取りだという。

▼24日からは「熱中症特別警戒アラート」の運用が始まる。命にかかわるほどの危険な暑さが予想される日は、環境省都道府県の全域で警戒を呼び掛ける。すでに都心では半袖姿が珍しくない。エアコン売り場の「超早得」も熱中症予防も、早すぎるということはないのだろう。

▼夏の季語でもある「涼しい」は、古くから歌に俳句に詠まれてきた。「日本人だけの感じうる特殊な微妙な感覚ではないか」。物理学者の寺田寅彦は小文『涼味数題』にそう書き留めている。「涼しさ」は、日本の特産物ではないだろうか―とも。

気象庁のウェブサイトでデータをひもとくと、先の小文が書かれた昭和8(1933)年8月の東京は、最高気温の平均が31・6度とある。90年後の昨年8月は34・3度。わが国の夏は暑さを増し、今年はその足取りが早い。この夏は「涼しい」の登板がいつになく多くなろう。

▼コラムで引用する詩歌も、カレンダーより空模様をにらみながらになる。<蛇口よりはしれる水に顔をうつ日にいくたびぞ夏はちかづく>小池光。暦の上では夏はまだ先だが、歌の情景にうなずく。いまから涼を求めているようでは、夏の盛りが思いやられる。