実質賃金減に関する社説・コラム(2024年4月10日)

実質賃金23ヵ月連続減 「好循環」実現、楽観は禁物だ(2024年4月10日『河北新報』-「社説」)


 日本経済は本当に賃金と物価がそろって上昇する「好循環」へと向かっているのか。

 今春闘で大企業を中心に高水準の賃上げが相次いだことを受け、岸田文雄首相は「前向きな兆しが出てきた」と強調し、日銀もマイナス金利解除の根拠としたが、国民生活に近い経済の動きはこのところ弱さの方が目立っている。

 政府・日銀の見方は、物価高に苦しむ家計から見る風景とは必ずしも一致しない。地域や企業規模・業種などによって異なる実情を注視し、個人消費を冷え込ませない努力が必要だ。

 厚生労働省が8日に公表した2月の毎月勤労統計調査(速報)によると、物価変動を考慮した実質賃金は前年同月から1・3%減った。

 マイナスは23カ月連続で、リーマン・ショックによる景気低迷期と並び最長。物価上昇が給与の伸びを上回り、家計が圧迫される状態が長く続いている。

 2月の実質賃金には今春闘の賃上げは反映されないため、プラスに転じるのは夏から秋との見方もある。

 だが、足元では円安が進行し、中東情勢の緊迫化で原油価格も上昇傾向。原材料や輸入品の値上がりが重荷となり、再び景気の足を引っ張る懸念が強まっている。

 内閣府が8日発表した3月景気ウオッチャー調査(街角景気)は、消費の鈍さを指摘する声が多く、現状判断指数(DI、季節調整値)は前月比1・5ポイント低下の49・8となった。

 消費の回復に向け、鍵となるのは、中小企業の賃上げ動向だ。日本商工会議所の調査では約6割が賃上げを行う方針だが、多くは人手不足などに対処するための「防衛的」な賃上げだという。

 さらに大企業との間で、賃上げ幅を巡る格差が広がっていることも気になる。

 自動車などの産業別労働組合(産別)でつくる金属労協の集計(3月29日時点)によると、組合員数299人以下の企業の賃金改善(ベースアップ相当)平均額は、1000人以上の企業より4370円も低く、その差は前年同期から2倍超に拡大した。

 背景には、人件費の上昇分を大企業との取引価格に転嫁しにくい立場の弱さがあるとみられている。

 特に多重下請け構造が定着する建設業、運送業には、今月から新たな労働時間規制が導入され、適切な価格転嫁が実現しなければ、働く人の手取りの減少に直結する。

 本格的な「好循環」には、国内企業の9割以上を占める中小企業での賃上げ拡大が不可欠だ。

 大企業の賃上げや株高など目先の好材料に気を緩めていてはなるまい。「物価上昇を上回る所得増」の年内実現を目指す岸田政権は、中小企業の賃上げを妨げているさまざまな要因の除去に、いっそう力を尽くすべきだ。

 

【実質賃金減】中小の引き上げ不可欠(2024年4月10日『高知新聞』-「社説」

 

 日経平均株価が最高値を更新し、有名企業が過去最高益を上げたところで、日常の生活水準と連動しなければ冷めて受け止められるだけではないか。生活実感が上向く状況を速やかに実現する必要がある。
 厚生労働省の統計によると、物価高騰分を加味して算出した2月の実質賃金は前年同月比1・3%減で、23カ月連続のマイナスとなった。マイナスの期間は2008年のリーマン・ショックによる景気低迷期と並んで最長となり、物価高で家計が厳しくなり続けていることを象徴的に示す格好となった。
 こうした局面を打開するため、官民を挙げて「物価と賃金が上昇する好循環」に向けた取り組みが続く。政府は「デフレ脱却」の旗を振り、24年春闘では大手企業の間で最高水準の賃上げが相次いだ。一部では、夏前に実質賃金がプラスに転じるとの予想もある。
 ただ、それに否定的な見方も強い。実質賃金をプラスにするには、大手の賃上げの流れを、雇用の7割を占める中小企業に波及させることが欠かせないが、その成果が必ずしも十分と言える状況でないからだ。
 例えば、自動車や電機などで組織する金属労協の集計では、賃金改善の平均額で中小は大手より4370円下回り、その差は前年より2倍以上開いた。体力差もあり、大手と中小の格差は開く傾向にある。
 中小企業が賃上げ原資を確保するには、増えたコストを販売価格に転嫁できるかが重要だ。しかし総じて発言力が弱く、従業員が少ない企業ほど転嫁できていないとのアンケートもある。中小は、人手不足対応で賃上げを迫られている面もあり、経営面への打撃も懸念される。
 大手企業は価格転嫁の責任を果たすとともに、政府は徹底させる取り組みなどが一層求められる。大手と中小の間に健全な関係が根付かなければ、来年以降の継続的な賃上げも見通せない。
 気がかりなのは、景況感に陰りが見られることだ。日銀の4月の地域経済報告では、全国9地域のうち7地域の景気判断を引き下げた。同じく日銀が発表した3月の企業短期経済観測調査では、製造業の業況判断指数が4四半期ぶりに悪化した。
 認証不正問題を起こしたダイハツ工業などの出荷停止が一因だが、実質賃金の目減りによる節約志向も指標の悪化につながったようだ。
 足元では円安水準が続き、物価高が再燃する懸念もある。そうなると実質賃金に下向きの力がかかり、生活実感が悪化する悪循環も招きかねない。生産動向から為替まで政府はきめ細かい目配りが求められる。
 就任1年となった日銀の植田和男総裁は3月、「物価と賃金の好循環」が見通せる状況になったと判断し、異次元の金融緩和策からの転換に動いた。丁寧な情報発信などにより混乱なく政策を修正した。
 今後は、次の利上げの機会を探るとみられるが、判断は経済情勢に直結する。影響を見極めながら注意深く対応する必要がある。