岸田首相は「経済好循環のチャンス」と言うけれど...賃上げできても生活実感「悪化」のリスク(2024年3月3日『東京新聞』)

 岸田文雄首相は2023年に30年ぶりの賃上げ率を記録したのを背景に、今春闘を経済の好循環に向けた「チャンス」と繰り返し述べている。しかし生活実感は、賃金は伸びても物価がそれ以上に伸びる状況のため、かえって厳しくなっている。13日の集中回答日を前に23年実績を分析すると、「チャンス」の掛け声の裏側で、好循環の実現を阻むリスクも浮かび上がる。(渥美龍太)

物価上昇率に追いつかない賃上げ率

 「30年間で最低の春闘だったとも言える」。24年春闘のスタートとなった1月下旬の労使フォーラムで、産業別労働組合JAMの安河内(やすこうち)賢弘(かたひろ)会長が23年春闘をこう表現した。
 春闘はここ30年以上、消費税増税など特別な事情を除けば、賃上げ率は物価上昇率を上回ってきたのに、23年は拮抗(きっこう)する状況になったためだ。賃上げ率3.6%(厚生労働省調べ)に対し、物価上昇率は前年比3.8%の上昇(持ち家の帰属家賃を除く総合)だった。
 30年前の93年は、賃上げ率は3.89%で、物価上昇率1.1%を大きく上回っていた。賃上げ率が物価上昇率を一定程度上回らないと実質賃金が前年割れする可能性が高いといわれる。実際、昨年12月で21カ月連続前年割れが続いている。

◆「30年ぶりの賃上げ率」の中身は…

 政府がよく引用する3.6%という30年ぶりの賃上げ率も、従業員1000人以上で労働組合のある大企業を対象にしたものだ。昨年11月下旬には、中小企業も含めた詳細な賃上げ率を公表しているが、この場合の賃上げ率は3.2%。従業員100〜299人の規模が小さい企業に限ると2.9%にとどまる。
 賃上げの内容も厳しさがうかがえる。企業が賃金改定に当たり最も重視した要素を厚労省が調査(複数回答)したところ、「物価の動向」が22年で6.8%だったのが、23年は27.1%に急上昇している。
大手企業が本社などを構える東京駅周辺のオフィス街。線路を挟んで左は丸の内、右は八重洲(資料写真)

大手企業が本社などを構える東京駅周辺のオフィス街。線路を挟んで左は丸の内、右は八重洲(資料写真)

 特に雇用の7割を占める中小企業は「経営の余裕がなくても、物価高で賃上げせざるを得ない」(中小企業団体幹部)。人手不足の対応と相まって苦渋の賃上げが多そうだ。

◆大手企業が次々大幅賃上げの半面…

 24年春闘では、大手企業が既に大幅な賃上げ方針を相次ぎ公表しているが、中小の動向は依然見通せない。今年の賃上げが十分でなければ、物価高で生活に苦しむ状況が続く。
 岸田首相は2月末にあった新しい資本主義実現会議で改めて「物価が適度に上昇する中で、それを超えた賃上げが消費を後押しし、新たな投資を呼び込む好循環を目指す」と強調した。
 しかし、みずほ証券の上野泰也氏は「日本経済自体が生産性を含めて低迷している中、中小企業などの賃金が高い率で上がり続けるのは難しい」と指摘。好循環の実現については「政府の狙いは行き詰まるのではないか」との見方を示す。

 実質賃金 働く人の給与の額面(名目賃金)から、消費者物価指数(CPI)に基づく物価変動の影響を加味したもの。賃金が実際の社会でどれだけの財・サービスの購入に使えるかを示す値となる。会社員の場合、手取りが増えても、物価がそれ以上に上がれば、購買能力が下がる。厚生労働省が毎月勤労統計調査で公表する。