春闘に関する社説・コラム(2024年3月15日)

【進む賃上げ】中小企業を取り残さない(2024年3月15日『高知新聞』-「社説」)

 

 ピークを迎えた2024年春闘で大手の記録的な賃上げが続いている。労働組合の要求に対し満額回答が相次ぎ、要求を上回った企業もあった。
 歴史的な物価高が続く中、日本経済の課題といえるのが個人消費の拡大だ。賃上げが物価高に追い付かなければ財布のひもは緩まない。
 その意味で満額回答や賃金の大幅アップは歓迎すべきである。しかし問題は、国内労働者の約7割が働くとされる中小企業にもその波が広がるかどうかだ。
 商品やサービスに価格転嫁が進んだ大手は業績が急回復。最高益を上げる企業も出ている。一方で、中小は取引先の大手に対し立場が弱いこともあって、価格転嫁が思うように進んでいない。
 中小企業やその従業員も潤っていかなければ、景気の回復は底堅いものにはならないだろう。大手の姿勢が問われる。政府も、中小を後押しする必要がある。
 労組への回答状況を見ると、今春闘は自動車や電機大手などで過去最高水準の賃上げとなっている。鉄鋼大手には労組の要求額に5千円上乗せした企業もある。
 大手では昨年も満額回答が相次ぎ、平均賃上げ率は31年ぶりの高水準となった。今春はそれをさらに上回り、経団連の4%超の賃上げ目標も達成が確実視される。
 大きな理由は人材の確保だ。景気の回復基調もあって、大学生の就職活動はいま、学生優位の「売り手市場」。人材確保には賃金アップが欠かせないというわけだ。
 ただ大手の労働条件がよくなればなるほど、中小は人材を奪われる。人材不足で事業の縮小や中止を決める例さえ出ている。
 価格転嫁が進まないことに加え、人材も確保できないとなれば、中小の業績は一段と厳しくなる。それがさらに人材不足を招く悪循環に陥りかねない。
 中小も賃上げを進めてはいる。日本商工会議所の調査では、24年度に賃上げを予定する中小企業は61・3%で、前年度から3・1ポイント増えた。ところが、その過半は業績が低調なままの賃上げという。
 人材確保のため、捨て身の対応になりかねない状況だ。業界によっては、大手と中小の賃金格差が過去23年間で最大3倍に拡大したとの調査結果もある。
 こうした状況が改善されなければ、大手と中小の格差はさらに広がり、経済の地力低下につながる危険がある。中小企業が多い地方の人口流出も一段と加速するだろう。
 先ごろは、日産自動車が部品メーカーなどの下請け業者に対し、支払代金を一方的に減額する悪質な「下請けいじめ」を続けていたことも明らかになった。
 業績回復や賃上げの波から中小企業を取り残してはならない。まして大手が中小を犠牲にして業績を上げるなどあってはならない。日本経済が回復を底堅いものにできるか正念場である。

 

満額目立つ春闘 全ての働く人に賃上げを(2024年3月15日『西日本新聞』-「社説」)

 

 大手企業の春闘で、労働組合の要求に応じる満額回答が相次いでいる。中には要求を上回る回答もある。

 大手の賃上げ率は約30年ぶりの高さだった昨年を上回るのが確実な情勢だ。この勢いをこれから本格化する中堅・中小企業の春闘につなげ、デフレ脱却と経済の好循環を実現させたい。

 春闘相場のリード役だった自動車や電機などで高水準の回答が目立つ。

 トヨタ自動車日産自動車、ホンダ、スバルなどは昨年の水準を超える満額回答で足並みをそろえた。

 日立製作所三菱電機などの電機大手は、基本給を底上げするベースアップ(ベア)を月額1万3千円とする統一要求を受け入れた。月額7千円だった昨年のベアの2倍近い水準である。

 際立つのが日本製鉄だ。月額3万円の要求を上回る3万5千円とした。勤続年数などに応じた定期昇給を含む賃上げ率は14・2%に上る。

 地場企業も負けていない。TOTO安川電機トヨタ自動車九州などが満額回答し、三井ハイテックは組合要求以上の回答で妥結した。

 大手企業が賃上げに積極的なのは、物価高に加え、労働力不足で人材の確保を迫られているためだ。優秀な人材を集めるために初任給を引き上げる動きも目につく。

 日本経済の再生には持続的な賃上げが欠かせない。バブル崩壊後の行き過ぎた賃金抑制で個人消費が振るわず、経済の低迷が長引く「失われた30年」につながった。この事実を企業経営者は重く受け止めなくてはならない。

 物価の上昇に負けない賃上げを実現できるかが今春闘の焦点である。

 生鮮食品を除く全国消費者物価指数の2023年平均は前年比3・1%の上昇で、第2次石油危機の影響があった1982年以来、41年ぶりの高い水準だった。

 今年は2%台に落ち着くとみられるが、物価動向を加味した実質賃金は1月まで22カ月連続で前年割れが続く。これをプラスに転換する鍵を握るのは、働き手の約7割を雇用する中小企業だ。

 これまでの中小企業の賃上げ率は大手に見劣りする。昨年の賃上げ率は従業員規模5千人以上が4・0%、300人未満は2・9%だった。

 今年の大手の賃上げ率は、経団連が目標にする4%以上を達成するとみられる。中小がこの数字に届かないと、賃金格差は拡大する。

 大幅な賃上げを中小企業に広げるため、好業績の大企業は下請けや取引先が賃上げできるように協力すべきだ。人件費や原材料費の増額分の取引価格転嫁に積極的に応じてもらいたい。

 「失われた30年」の間に増えた非正規労働者の処遇改善も重要なテーマだ。賃上げの流れから誰一人取り残してはならない。それは企業の社会的責務である。


春闘高額回答(2024年3月15日『宮崎日日新聞』-「社説」)

◆息の長い賃金改善が重要だ◆

 製造業を中心とする大手企業の春闘は満額回答が相次いだ。昨年を上回る高水準の賃上げになるのは確実だ。

 賃上げ幅が大きいことに加え、基本給を底上げするベースアップ(ベア)に踏み切った企業も多い。物価高と人手不足に押された面はあるが、20年余り続いた賃金低迷がようやく転換し始めた。

 だが油断はできない。中小企業の交渉はまだこれからであり、非正規雇用への波及は高いハードルだ。業種別に見てもサービス業の賃金は見劣りする。企業規模や業種を横断した動きにならないと、賃金抑制型の社会が変わったとは言えない。

 何よりも大事なのは息の長い賃上げを実現することだ。物価高が一服しても、賃金の改善が続かないと豊かさを実感することはできない。賃上げを前提とした経営を定着させるのは労使共通の使命であり、政府や自治体も強く後押ししてほしい。

 背景の一つは人手不足だろう。勤労世代の減少傾向が続く。多くの企業が初任給の引き上げに踏み切っているのは、新規採用による人材の確保が厳しくなっているからだ。

 日本商工会議所によると、昨年賃金を引き上げた中小企業の4割は、業績が改善していなかったが、賃上げに踏み切ったという。従業員の生活を守るにはやむを得ないと考えたためだ。

 下請け企業に対し、原材料の値上がり分を価格転嫁することを認めても、人件費の上昇分の転嫁は認めない会社もある。多くの下請けを抱える大企業は、供給網全体で賃上げを容認し、取引価格に反映させる方向を明確にしてほしい。

 外食、観光などのサービス業は厳しい競争にさらされており、価格を抑える傾向が強い。賃金を改善するには、業務の効率を高めることが必要だ。経営者はデジタル化投資、多様な人材の登用、働き方の見直しをためらってはならない。

 賃金を抑え続けたことが、産業の新陳代謝や業務改革を遅らせ、旧態依然とした手法で事業を続ける要因になったという指摘もある。業績が悪化したら人件費を真っ先に削るというデフレ期の経営には一刻も早く決別しなければならない。

 賃上げを着実に実現することを目標に事業を見直し、収益力を高めていくのがこれからの企業経営の在り方だ。恒常的に人手不足が続く可能性があり、女性や高齢者の活用、テレワーク、短時間労働など多様な働き方が求められる。

 正規、非正規の賃金格差の是正ももっと加速する必要がある。賃金改善と多様な働き方を軸に、労使の意思疎通を一層深めねばならない。