賃上げが示されている各企業の回答状況を、ボードに書き込む金属労協の職員=東京都中央区で2024年3月13日午後0時28分、毎日新聞手塚耕一郎撮影
春闘の集中回答日に合わせて開いた政労使の意見交換の会合で発言する岸田文雄首相(左から2人目)=首相官邸で2024年3月13日午後6時7分、毎日新聞竹内幹撮影
大手賃上げ回答 地方や中小に広げたい(2024年3月14日『北海道新聞』-「社説」)
物価高を超えた賃上げが注目される今年の春闘で、労働組合の要求に対して自動車、電機など大手企業の満額回答が相次いだ。
今春闘で連合は勤続年数や年齢に応じた定期昇給も含め賃上げ率「5%以上」を目指すが、現時点では目標を上回る勢いに見える。
大事なのは基本給を底上げするベースアップ(ベア)だが、数十年ぶりの高水準回答も多く、鉄鋼大手の日本製鉄では労組要求を超える月額3万5千円を示した。
年3%超の物価上昇の中で、大幅なベアがないと家計は苦しいままである。道内を含め地方や中小にも底上げの動きを広げたい。
そのために大手は自社の賃上げだけでなく、取引先がベアを価格転嫁できるよう取り組むべきだ。政府も下請法などを基に取引適正化への監視を強める必要がある。
春闘の大手集中回答日だったきのう、岸田文雄首相は経団連や連合のトップと政労使会議を開催し「力強い賃上げの流れができている」と述べた。
とはいえ日本の賃金水準は30年間も横ばい状態だった。雇用の7割を占める中小の本格交渉はこれからなのに成果は強調できまい。
昨年は平均賃上げ率3・58%に対し中小が3・23%で、道内は3・31%だった。
注意を要するのは、大手賃上げを受け政府の脱デフレ宣言や日銀の金融政策変更が進むことだ。
日銀の植田和男総裁も参院予算委員会でマイナス金利解除などの判断について「春闘の動向に注目している」と説明している。
だが原材料や燃料価格の上昇で中小の経営環境は苦しく、金利負担が加わればさらに悪化する。
中小企業庁が昨秋実施した全国調査では価格転嫁率は原材料費が45%、人件費は36%にすぎない。
政府は昨年11月に中小企業が人件費を価格転嫁できるよう指針を公表した。大手が受注側の中小の転嫁を認め、最低賃金や労使交渉の妥結額も尊重するよう促す。
日産自動車が下請けとの取引で不当に減額していたとして公正取引委員会は先週勧告を出した。指針を生かすには、こうした摘発の積み重ねが欠かせない。
大手の賃上げは人手不足の中で人材を囲い込む狙いもある。技術革新が続く通信大手ではKDDIが6%の賃上げで妥結した。
業種や地域によって格差が広がれば、人材が流出した企業の労働環境は悪化しかねない。労組未加入や非正規の労働者の比重も増しており、目配りが大切である。
春闘高額回答 中小企業に好循環ぜひ(2024年3月14日『山形新聞』-「社説」/『茨城新聞・山陰中央新報』-「論説」)
製造業を中心とする大手企業の春闘は満額回答が相次いだ。昨年を上回る高水準の賃上げになるのは確実だ。賃上げ幅が大きいことに加え、基本給を底上げするベースアップ(ベア)に踏み切った企業も多い。物価高と人手不足に押された面はあるが、20年余り続いた賃金低迷がようやく転換し始めた。
だが油断はできない。中小企業の交渉はこれからであり、非正規雇用への波及は高いハードルだ。業種別に見てもサービス業の賃金は見劣りする。企業規模や業種を横断した動きにならないと、賃金抑制型の社会が変わったとは言えない。
何よりも大事なのは息の長い賃上げを実現することだ。物価高が一服しても、賃金の改善が続かないと豊かさを実感することはできない。
賃上げを前提とした経営を定着させるのは労使共通の使命である。過日開かれた県内の経済団体、労働団体の代表者による県労使首脳懇談会では、物価上昇に負けない継続的な賃上げに向け、労務費を含めた価格転嫁の促進と生産性の向上が不可欠との認識を共有。労使が協調してその実現に取り組むことを確認した。
ただ、本県に多い下請け中心の中小企業は価格転嫁しにくいという構造的な課題を抱える。大手の賃上げのしわ寄せが中小企業に及ぶようなことがあってはならない。中小企業の賃上げに、政府や自治体の後押しを強く求めたい。
自動車、電機など製造業は高水準の回答が並んだ。日本製鉄のように労組の要求を上回るベアを回答し、事業改革の成果を従業員に配分する企業もある。
高い賃上げをもたらした背景の一つは人手不足だろう。勤労世代の減少傾向が続く。多くの企業が初任給の引き上げに踏み切っているのは、新規採用による人材の確保が厳しくなっているからだ。
日本商工会議所によると、昨年賃金を引き上げた中小企業の4割は、業績が改善していなかったが、賃上げに踏み切ったという。従業員の生活を守るにはやむを得ないと考えたためだ。退職者の補充が難しくなっている事情もあるだろう。
下請け企業に対し、原材料の値上がり分を価格転嫁することを認めても、人件費の上昇分の転嫁は認めない会社もある。多くの下請けを抱える大企業は、供給網全体で賃上げを容認し、取引価格に反映させる方向を明確にしてほしい。
外食、観光、小売りなどのサービス業は厳しい競争にさらされており、できるだけ価格を抑える傾向が強い。しかし顧客の満足度が高いサービスには人手も時間もかかっている。顧客が喜ぶ「おもてなし」の価格を引き上げるのは、決して不当なことではない。
高インフレは困るが、賃金を改善することは経済成長につながる。これからの企業経営には、賃上げを着実に実現することを目標に収益力を高めていくことが求められる。
恒常的に人手不足が続く可能性があり、女性や高齢者の活用、テレワーク、短時間労働など多様な働き方がより重視されよう。正規、非正規の賃金格差の是正も加速する必要がある。賃金改善と多様な働き方を軸に、労使の意思疎通を一層深めたい。
満額回答相次ぐ春闘 息切れせず中小へ波及を(2024年3月14日『毎日新聞』-「社説」)
日本全体に賃上げを浸透させ、経済の好循環を国民が実感できるようにすることが重要だ。
春闘が集中回答日を迎えた。トヨタ自動車やパナソニックホールディングスなど主要製造企業で、労働組合側の要求に対し満額回答が相次いだ。
外食や小売りでも待遇改善の動きが広がっている。初任給引き上げを表明した企業も多い。
歴史的な物価高が続くと同時に、人手不足が深刻化している。仕事内容に見合った賃金が提供できない企業には優秀な人材が集まらない状況が生まれている。こうした危機感が経営側に好回答を決断させたのだろう。
賃上げ率は、約30年ぶりの高い水準となった前年を上回るとの見方が強い。賃金の低迷が続いた日本にとって歓迎すべき動きだ。
ただし、早期決着したのは大企業が中心だ。日本の雇用の約7割を支える中小企業の賃上げ交渉は、これから本格化する。前向きな流れを波及させられるかがカギとなる。
日経平均株価が史上最高値を更新したものの、国民の多くは景気の好転を感じられずにいる。物価変動を加味した実質賃金が22カ月連続でマイナスとなるなど、物価高に賃上げが追いついていない状況が続いているためだ。
大企業に求めたいのは、取引先が社員の待遇改善に動きやすい環境を率先して整備することだ。
高騰する労働コストを適切に取引価格に転嫁できるよう積極的に協議に応じてほしい。
最近では日産自動車や、会員制量販大手「コストコホールセールジャパン」などで「取引先いじめ」が表面化している。
優位な立場にいる大企業が取引先の利益をかすめ取る構図を放置しては、供給網全体が先細りする。悪弊の根絶が急務だ。
非正規社員の給料引き上げも待ったなしだ。格差是正のためにも大手主導で待遇の改善を打ち出すことが求められる。
日本経済はデフレによる長期低迷から脱することができるかどうかの正念場にある。人への投資の拡充はその原動力となる。労使が協力して生産性を高め、持続的な賃上げを可能にする努力を続けなければならない。
春闘集中回答 高水準の賃上げ定着させたい(2024年3月14日『読売新聞』-「社説」)
春闘を 牽引けんいん する大手企業で、前年を大幅に上回る賃上げの回答が相次いだ。これを社会全体に波及させて、日本経済が長期低迷から脱する流れを確かなものにしたい。
自動車や電機などの大手企業が、労働組合の賃上げ要求に対する回答を一斉に行った。
自動車では、トヨタ自動車が賃金、一時金ともに満額で、賃上げ幅は比較可能な1999年以降で最大だった。ホンダやマツダは2月に早々と満額回答し、多くが高い賃上げとなった。
日立製作所など電機11社も、基本給を底上げするベースアップについて、要求の月額1万3000円に満額で答えた。前年の7000円から大きく上積みした。
経済の好循環の実現に向け、主要企業が大幅な賃金の引き上げに踏み切ったことは評価できる。
労組の要求を上回る異例の対応もみられた。日本製鉄は、要求額より5000円多い月額3万5000円の賃金改善を回答した。スズキも、要求を超える10%以上の賃上げを実施するという。
特に、鉄鋼大手3社は従来、要求も回答も横並びだったが、日本製鉄の動きで、これが崩れた。
過去の春闘では、業界の横並び意識が強く、同業他社より業績が好調でも、他社に合わせて賃上げを抑える傾向があった。今後は、そうした慣習を打破し、余力のある企業はできる限りの賃金引き上げを行うことが望ましい。
高い賃上げを、非正規雇用や中小企業にも広げる必要がある。
日本企業は不況期に、雇用の調整弁として非正規雇用を増やした。現在は全体の4割近くに上る。非正規は正社員より賃金が低く、非正規労働者の増加が日本全体の賃金を抑えてきた面がある。
イオンは先陣を切って、傘下企業のパートの時給を平均で7%上げる方針を決めた。非正規の処遇改善が、社会的な責務であることを各企業は認識してほしい。
雇用の7割を占める中小企業の春闘は今後、本格化する。深刻な人手不足で賃金を上げざるをえないものの、大手企業との取引で原材料費などの上昇分を価格転嫁できず、苦しむ中小企業が多い。
日産自動車は、発注時に決めた下請け企業への納入代金を一方的に減額したとして、下請法違反と認定された。問題は、日産にとどまらないとの指摘もある。
法令順守は言うに及ばず、大手企業は、賃金を含むコスト上昇分を中小企業が価格転嫁できるよう最大限配慮してもらいたい。
賃上げ継続へ官民で構造改革を加速せよ(2024年3月14日『日本経済新聞』-「社説」)
賃金と物価の好循環に向けた一歩は踏み出せたと言えよう。春の労使交渉は13日に主要企業の回答があり、賃上げで満額回答が続出した。数十年ぶりの高水準という企業も目立つ。
個人消費を上向かせ、日本経済を成長軌道に乗せるには、賃上げの安定した継続が欠かせない。来年以降を見据え、企業も政府も構造改革を進める必要がある。
日立製作所はベースアップ(ベア)に相当する賃金改善で月1万3000円の満額回答を出した。昨年の7000円を上回り、現行の要求方式となった1998年以降で最高だ。定期昇給を含めると5.5%の賃上げとなる。その他の電機や自動車、重工でも満額回答が相次ぎ、日本製鉄は労働組合の要求を上回る回答を出した。
平均賃上げ率は連合が集計した昨年実績の3.58%を上回り、4%超えを予測する声もある。ベアの大幅な引き上げで、実質賃金のプラス転換へ弾みがつく。
日銀は賃上げ動向をマイナス金利政策の解除に向けた大きなポイントとしており、詰めの情勢分析に入る見通しだ。
経団連など経営側が積極的な賃上げを呼びかけ、高水準の回答はある程度予想されていた。重要なのは来年以降の持続力だ。
賃上げの理由では人材確保を挙げる企業が多い。人口減で人手不足は一層深刻になる。企業は賃上げ原資を生み出すために、労働生産性の向上と収益構造の見直しを急ぐべきだ。不採算部門の売却や事業の組み替えなど、遅れていた構造改革を加速する必要がある。
成長戦略も欠かせない。値下げよりも付加価値で競い合い、有望な事業に思い切った投資をすべきだ。コスト削減に偏重した路線から転換し、欧米企業のように人的投資でイノベーションを生み出す経営に踏み出してほしい。
政府は13日、経済界や労働団体のトップと意見交換する政労使会議を開き、中小企業との取引慣行の是正を求めた。賃上げを広く産業界に波及させるためにも、大手は労務費などの適正な価格転嫁に応じる必要がある。
政府にも産業の新陳代謝を促し、成長分野への労働移動を強く後押しする政策を求めたい。企業の構造改革が進めば人員削減の動きが広がる可能性もある。安全網を整備しながら、賃金上昇を伴う転職がしやすい労働市場の改革を急ぐべきだ。
春闘の集中回答 中小企業に賃上げ波及を(2024年3月14日『産経新聞』-「主張」)
2024年春闘の集中回答日を迎え、労使交渉の回答状況が書き込まれた金属労協事務所のホワイトボード=13日午後、東京都中央区
デフレからの完全脱却に向け、春闘で過去最高水準の賃上げを回答する大手企業が相次いでいる。
自動車や電機などの主要企業の回答が13日に一斉に行われ、トヨタ自動車をはじめ多くの企業が労組の要求に対して満額を回答した。集中回答日を待たずに満額回答する企業も多く、流通や外食などの業界ではパートなど非正規社員の時給を増やす動きも広がっている。
大手では満額回答にとどまらず、労組の要求を上回る賃上げを回答した企業もある。労組の要求水準には課題を残したともいえるが、幅広い労働者に報いようとする経営側の積極的な姿勢を歓迎する。この流れを今後、労使交渉が本格化する中小企業にも波及させたい。
昨年の平均賃上げ率は30年ぶりとなる高い水準を記録した。それでも歴史的な物価上昇に追いつかず、物価変動を加味した実質賃金は前年割れが続く。
こうした中で迎えた今春闘で、連合は「5%以上」という賃上げ目標を掲げた。経団連の十倉雅和会長も「物価上昇に負けない賃金引き上げを目指すことが経団連、企業の社会的責務だ」と応じ、労使とも昨年を上回る賃上げを実現する必要性を共有していた。
問題は中小企業だ。物価上昇を上回る賃上げによって、「賃上げと成長の好循環」を社会全体で実現するには、雇用の7割を占める中小企業にも波及させることが欠かせない。
全国商工会連合会によると、3割弱の中小企業が取引価格にコスト上昇分をまったく転嫁できていない。中小企業が賃上げを進めるには、原燃料費などの上昇分を適正に転嫁することが必要になる。
物価上昇を上回る賃上げを社会全体に広げていかなければ、家計の負担は軽減されず、自律的な経済成長も期待できまい。大手企業の経営者は自社の賃上げにとどまらず、取引条件の見直しなどを通じて、中小企業が持続的に賃上げできるよう目配りしてもらいたい。
13日には岸田文雄首相と経済界、労働界のトップが参加する政労使会議も開かれ、取引適正化に向け独占禁止法や下請法を厳格に執行していくことを確認した。賃上げの流れを途切れさせないために、政労使の緊密な連携が今後も重要になる。
満額相次ぐ春闘 高水準回答を中小にも(2024年3月14日『東京新聞』-「社説」)
2024年春闘が13日、集中回答日を迎え、多くの大企業が「満額」を示した。円安の追い風で好決算の企業が増えている。高水準の回答は当然だが、この勢いを中小企業にこそつなげたい。
この日までに自動車、電機、鉄鋼、食品など多くの主要産業で満額回答が相次いだ。昨年の春闘では1993年以来の高水準となる3・58%(連合調べ)の賃上げ率を実現したが、今年はその数字を大幅に上回ることは確実だ。
大企業の大半は、高水準の回答に応じ始めた昨年まで、25年以上にわたって適正な賃上げを実施してこなかった。働く人々の暮らし軽視は個人消費の足かせとなり、デフレ経済に拍車をかけた。
こうした経緯を踏まえると、大企業が「満額回答」で応じ続けることは社会的責務とも言える。
懸念されるのは、これから本格化する中小企業の春闘だ。
中小製造業を中心に構成される産業別労働組合「JAM」の調査では、大企業と中小企業の賃金格差は2000年以降の23年間で最大3倍に広がった。
賃金格差の拡大は、コスト上昇分の価格転嫁が進まず、経営悪化した中小企業の増加が要因だ。調査は「下請け代金の買いたたきが続いた」と大企業による不当な圧力を厳しく指摘した。
価格転嫁が円滑に進まない中、人材を確保するために無理に賃上げすれば、中小企業の経営が行き詰まるのは当然だろう。
日産が取引先企業に納入価格の減額を強要していたことが今月発覚し、大企業が下請けに負担を強いる構図が明るみに出た。程度の差こそあれ、他にも同様の事例があることは想像に難くない。
政府は、企業間取引に対する監視の目をさらに強め、中小企業の賃上げ環境の向上を後押ししてほしい。企業の大小を問わず、賃上げの波が非正規労働者にも及ぶよう配慮も必要だ。
中小企業も収益力を強化するための努力は必要であり、新規事業や市場の開拓、他企業との連携にも積極的に乗り出すべきだ。それを後押しするため、地域金融機関も支援を惜しんではならない。
日本国内の低賃金体質は、労働運動が十分に機能してこなかったことも要因の一つだ。労使で賃上げ機運が高まった今年を起点に、「暮らしを守る」という当たり前の春闘を取り戻さねばならない。
春闘満額回答 中小企業への波及が鍵だ(2024年3月14日『新潟日報』-「社説」)
好循環への期待が高まる力強い回答が相次いだ。この流れを、中小企業の賃上げにも波及させなくてはならない。
2024年春闘は、主要製造業の集中回答日となった13日、労働組合の要求に対する満額回答が相次ぎ、過去最高水準となる賃上げの動きが広がった。
自動車大手は、トヨタ自動車が1999年以降で最高水準となる満額で回答し、日産自動車も満額回答で足並みをそろえた。
鉄鋼大手の日本製鉄は、基本給を底上げするベースアップ(ベア)相当分で、労組要求を上回る高額回答を示した。電機、重工の大手各社も要求通りの額を答えた。
歴史的な物価高が続く一方で、物価変動を加味した実質賃金は、1月の調査で22カ月連続のマイナスとなり、物価上昇に賃金の伸びが追い付かない状況にある。
大手各社の満額回答は、十分な賃上げを実現し、好循環を生み出すための一歩といえる。
大事なのは、賃上げの流れを大企業にとどめずに、地方に多く、雇用の7割を占める中小企業へ広げることだ。
地方経済が活力を取り戻すことは、日本経済の再生に不可欠で、中小企業が賃上げで追随できなければ格差の拡大を招きかねない。
物価高に加え、深刻な人手不足が続いていることも、企業に賃上げを促す要因になっている。
昨年12月の日銀の企業短期経済観測調査(短観)では、雇用人員判断で「過剰」と答えた割合から「不足」の割合を引いた指数は、大企業でマイナス25、中小企業はマイナス38となった。
人手不足は中小企業ほど切実で、業績が改善しなくても、従業員をつなぎ留めるために「防衛的賃上げ」を余儀なくされている。
中小企業が賃上げを実現するには、人件費を含むコスト上昇分を適正に取引額に上乗せする価格転嫁が肝要で、発注側が価格交渉に応じることが欠かせない。
しかし、日産自動車が自動車部品メーカーなど下請け業者への支払代金を不正に減額した悪質な実態が明らかになった。
下請けいじめといえる行為で、公正取引委員会が再発防止を勧告したのは当然だ。発注側と下請けの力関係を物語るものだろう。
下請け企業が立ちゆかなくなれば、発注側にも影響する。発注側は、中小企業が賃上げを実現し人材を確保することが、自らの事業継続にも関わることを認識し、価格交渉に応じてほしい。
労働組合の全国組織である連合は、今春闘で5%以上の賃上げを要求している。
中小企業の春闘は4~5月に結果が出る。経営側には前向きな交渉を望みたい。人手不足の中で、賃上げを持続性のあるものとするために、収益力の向上をどう図るかについても考えていきたい。
春闘高額回答 中小の賃上げ、大手も協力を(2024年3月14日『中国新聞』-「社説」)
今春闘はきのう、大企業の多くが労働組合の要求に回答した。満額回答が相次ぎ、賃上げの水準は30年ぶりの高さだった昨年を上回りそうだ。
賃金相場に大きな影響力があるトヨタ自動車は過去最高水準の要求に満額で回答した。日立製作所やパナソニックホールディングスなど多くが満額で、労組の要求を超えた社もあった。円安などによる好業績に加え、人手不足が深刻になる中で人材を確保する狙いもあろう。
今年はいち早く回答する企業も多く、マツダは2月下旬、組合員平均で月1万6千円の満額回答を出した。2023年度は過去最高益を見込んでおり、人に投資する姿勢を示した形だ。
経済政策の上でも今春闘は注目度が高い。政府は「デフレ脱却」を表明する検討に入ったとみられ、物価高に見合う賃上げが実現するかどうかを見極めようとしている。金融政策決定会合を来週開く日銀も、マイナス金利政策の解除を判断する材料にする構えだ。
連合の各労組の賃上げ要求の平均は、30年ぶりに5%を超えた。経団連も「社会的責務」として賃上げに理解を示してきた。高水準の回答が相次ぎ、長年続いた賃金の低迷が転換しそうなことを歓迎したい。
だが油断はできない。厚生労働省によると昨年は大手の春闘で3・6%の賃上げが達成されたにもかかわらず、労働者全体の給与の伸び率は1・2%にとどまった。物価の変動を考慮した実質賃金は減り続けており、国民の生活は厳しくなっている。総務省の調査では家庭に教育費など消費を切り詰める動きがある。
鍵を握るのは中小企業だ。多くの人が賃上げの恩恵を受けられるようになるには、大企業の勢いを、従業員数で7割を占める中小に広げる必要がある。交渉はこれから本格化する。
中小が賃上げの原資を得るには、取引先となる大企業の協力が欠かせない。原材料やエネルギーの費用に加え、適正な労務費を取引価格に反映させることが求められる。下請けへの支払いを不当に減らし、公正取引委員会から下請法違反で再発防止を勧告された日産自動車のように、優越的な立場の利用があってはならない。
労務費を転嫁する交渉については、公取委が指針をまとめている。まず発注者の経営トップに労務費の上昇を受け入れる方針を打ち出すよう促している。受注者には最低賃金の上昇率などを賃上げの根拠にするよう勧める。希望価格を自ら示す方法もある。
何よりも大事なのは、息の長い賃上げを実現することだ。物価高が一服しても、賃金の改善が続かないと豊かさは実感しにくい。賃上げを前提とした経営を定着させねばならない。日本経済を底上げすることで、大企業と取引のない事業者も成長を実感できる社会を目指したい。
正社員に比べ賃金の水準が低い非正規労働者の待遇改善も大きな課題となる。労使で議論を深めてほしい。