下級生を死に追いやった上級生に「悪意はなかった」…常識からかけ離れた宝塚歌劇団の「危機対応」の重いツケ(2024年4月4日)

パワハラに関与した6人は文書で謝罪

 遺族側は上級生や劇団スタッフから15件のパワハラがあったと主張してきたが、ついに劇団、阪急側はすべての項目でパワハラ、いじめを認めた(15件を整理して、14項目にまとめ直している)。だが、いまだに劇団も加害上級生も、ヘアアイロンでの火傷は故意ではなかったと主張している。

 会見があった28日の午前11時、角会長、嶋田社長、宝塚歌劇団理事長の村上浩爾(こうじ)氏らは、遺族側と直接面会して謝罪し、上級生や劇団スタッフの謝罪の手紙を手渡した。

 宙組の幹部上級生4人、上級生3人、劇団プロデューサー2人、演出担当者1人の、少なくとも10人がパワハラに関与していたが、幹部を含む上級生3人、劇団スタッフ3人の6人が遺族側に対して文書で謝罪した。あと1人が謝罪する意向だが、残りの3人はいじめ、パワハラを認めておらず、謝罪を拒否しているという。

宝塚歌劇団にすべての責任を押し付けた

 嶋田社長は、今回の問題が起きた背景について「劇団経営陣の怠慢、具体的には現場における活動への無理解や無配慮等によって、長年にわたり劇団員にさまざまな負担を強いるような運営を続けてきたことが引き起こしたことであり、そして、これらのすべての原因が劇団にあり、安全配慮義務違反があった」と認めたが、上級生の劇団員には「悪意はなく」問題がなかったと、パワハラを行った上級生の責任追及をしないと明言している。

 嶋田社長は「関係者にヒアリングを行い、詳細を確認して参りました。その過程において、例えば、厳しい叱責が仮に悪意がなかったとしても、ハラスメントにあたることもあるという気付き、そのものが劇団員にもなく、そして、われわれが何よりも、それを教えてもいなかったことを改めて認識した次第でございます。時代に合わせて変えてこなかったのは劇団でありまして、その責任は極めて重いと考えています」と、宝塚歌劇団にすべての責任を押し付けた。

 今回の合意にあたって、「経営責任をどう取るのか」という質問に対しては、昨年11月に角会長、嶋田社長を減給処分にしたので、嶋田社長は「今回は、何の処分もしない」と平然と答えている。

 

 

歌劇団トップも何も責任を取っていない

 火傷を負わせた「ヘアアイロン問題」で、次のように語っていた村上氏は、専務理事から、その後、宝塚歌劇団トップの理事長になっており、何ら責任を取っていない。

 「ヘアアイロンの件につきましては、そのように(遺族側、遺族側弁護士が)おっしゃっているのであれば、証拠となるものをお見せいただけるようにお願いしたい」

 昨年11月に、宝塚歌劇団側の弁護士による「お手盛り」の調査報告書が提出され、その後も、いじめ、パワハラを認めなかったために、合意までに5カ月もかかった。昨年10月に、今回のような会見を開き、現実を素直に直視し、問題の責任を認めていたら、解決までにこれほどの時間は要しなかったのではないか。

■31億円の損失はだれの責任なのか

 私は、3月3日に「宝塚歌劇団は『パワハラが当たり前の世界』…熱狂的ファンが通い詰めるタカラヅカの“本当の姿”」というレポートを書いたが、宝塚歌劇団と阪急側はパワハラを認めず、世の中から糾弾されていたため、今年、宝塚歌劇団110周年なのに「公演が相次いで休演に追い込まれ、下半期で31億円以上の利益が失われた」と指摘した。

 31億円強の損失の責任は、交渉を長引かせた角会長と嶋田社長にある。自らの判断ミスの責任まで、宝塚歌劇団に押し付けようというのか。

 宝塚歌劇団阪急電鉄阪急阪神ホールディングスは、3月28日の記者会見で「再発防止に向けた取組(劇団の改革)について」と題する施策も発表している。

 「公演スケジュールが過密になっていくとともに、舞台の高度化や複雑化に伴って組織全体の負担が増大し、これに伴い現場の負担が増加の一途を辿るなかで、そうした負担を軽減する措置や現場をサポートする体制の整備が追いついていませんでした」と分析しているが、「宝塚歌劇団問題」の本質を捉えたものではない。

■問題は「グループの構造の中で発生している」

 3月28日に記者会見した遺族側代理人の川人(かわひと)博弁護士は過労死、過労自殺、労働環境問題の専門家だが、川人氏は宝塚歌劇団阪急阪神ホールディングスの問題の本質を、次のように喝破している。

 「弁護団の意見として聞いてほしい。宝塚歌劇団は、阪急阪神ホールディングス阪急電鉄の1部門で、収益を上げている事業。20年分の有価証券報告書を分析しましたが、宝塚歌劇団は阪急阪神グループの収益の大きなウエートを占めている。

 低賃金、長時間労働、年間の長時間勤務が行われるようなことがあってはいけない。劇団の内部の問題ではなく、グループの構造の中で発生している。企業体だから、収益を上げ、経営していく責務はあると思います。

 しかし、自ずから企業のコンプライアンス(法令遵守)、さまざまなSDGs(持続可能な開発目標)、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)、”働かせ方改革”に添った企業活動をする必要がある。劇団員の命と健康、人権を守るということを阪急阪神グループがしっかり守ることが大事です」

■芸術部門の働き方改革が急務に

 劇団員は6年目から委託契約になり、独立した事業者としての扱いを受けているが、実態は、劇団員を「生徒」と呼んで拘束している。こうした身分の見直し、フリーランス新法に基づいた宝塚歌劇団の抜本的改革をすべきであるが、劇団、阪急側の「再発防止に向けた取組(劇団の改革)」では、まったく触れられていない。

 川人氏は「多くのファンがいて、多くの観客を魅了する演劇であっても、素晴らしい芸術活動であったとしても、それを担う劇団員が命と健康、人権を奪われるということがあってはいけない。厚生労働省も、今、芸術部門を働き方改革の重要な1部門として位置付けて、取り組んでいる。宝塚歌劇団も、まさにその対象であるべき」と強調する。

 阪急阪神グループは、阪急電鉄に4月1日付で、外部の有識者で構成されるアドバイザリーボードを設置し、改革について助言を受けるという。座長は元国税庁長官の加藤治彦氏だが、むしろ、宝塚歌劇団、阪急阪神グループの問題を熟知している川人氏をメンバーに加えたほうが、よりよい改革ができるのではないか。

 ■「ブラック企業のやり方そのもの」

 宝塚歌劇団阪急阪神ホールディングスの記者会見に、ネット上では厳しい意見が相次いだ。その一部を紹介しよう。  「とりあえず謝ります、合意しましたよ、もういいでしょう。とでも言いたげな会見だった」

 「情報を隠蔽した役員の退任がなければ、宝塚歌劇団の公演再開は無責任で、宝塚ファンをバカにしていると考えます。何をしてもファンはついてくるという思い上がりが、殺人歌劇団を作ってしまった」

 「結局、パワハラをした上級生はどうなったのですか? 今後、このような不幸をなくすのであれば、やったことの責任をきちんと取らなければならない」  「上級生って、生徒みたいな言い方が未成年者みたいに見えますが、普通に成人している大人ですから、加害者は、きちんと処罰されるべき」

 「こんなの、ブラック企業のやり方そのもの。宝塚歌劇団は、ここまで落ちぶれたの? はっきり言って、呆れ果てています」

■関西が誇るブランドが崩壊しつつある

 こうした意見は無視できるものではない。宝塚歌劇団と阪急阪神グループという全国的なブランドが、いま崩壊の危機に瀕していると理解するべきだ。

 「遺族との合意をしたのだから」と、宝塚歌劇団は公演の再開に舵を切ろうとしている。経営陣も、加害者の上級生も責任を取らないで、これで、歩を進めていいのだろうか。

 いじめに関与した事実が判明しても、スターたちに、早く宙組の舞台に立ってほしいと願っているファンがいるかもしれない。しかし、責任も取らないで、厚顔無恥のまま舞台に立っても、自らのお金と人生を注ぎ込んできた熱狂的なファンは喜ぶが、新しいファンの獲得には寄与しない。白けるだけだろう。

 遺族である「母親の訴え」を、遺族側弁護士の記者会見で代理人が代読した。本稿の末尾に、そのメッセージ全文を掲載する。宝塚歌劇団と阪急阪神グループの役員と社員、関係者は、このメッセージをあらためて心に刻んでほしい。

■「私たちはそんな娘を誇りに思っています」

 

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