宝塚歌劇団に関する社説・コラム(2024年3月30日)

宝塚歌劇団のモットーである「清く正しく美しく」は…(2024年3月30日『毎日新聞』-「余録」)

 

記者会見の冒頭に謝罪する阪急阪神ホールディングスの嶋田泰夫社長(中央)、宝塚歌劇団の村上浩爾理事長(手前)、阪急電鉄の大塚順一創遊事業本部長=大阪府豊中市で2024年3月28日午後4時2分、北村隆夫撮影

記者会見の冒頭に謝罪する阪急阪神ホールディングスの嶋田泰夫社長(中央)、宝塚歌劇団の村上浩爾理事長(手前)、阪急電鉄の大塚順一創遊事業本部長=大阪府豊中市で2024年3月28日午後4時2分、北村隆夫撮影

東京宝塚劇場があるビル(中央)。1934年、初代劇場の開業時に小林一三が詩を寄せた=東京・有楽町で
東京宝塚劇場があるビル(中央)。1934年、初代劇場の開業時に小林一三が詩を寄せた=東京・有楽町で

 宝塚歌劇団のモットーである「清く正しく美しく」は元々、「朗らかに 清く正しく美しく」だった。1934年、東京宝塚劇場の開設に寄せて阪急東宝グループ創始者小林一三(こばやしいちぞう)が発表した詩に出てくる。東宝グループは今もこの言葉が標語だ

▲人に夢を与える朗らかさからも、かけ離れたその実態である。劇団員の女性が昨年死亡した問題を巡り劇団側が、上級生らによるパワーハラスメントを一転して認めた。劇団を傘下に置く阪急阪神ホールディングスは遺族に謝罪したが、パワハラ行為はヘアアイロンによるやけど、人格否定など14項目にも及ぶ。希望にあふれ入団したに違いない故人の心中を思うと胸が痛む

▲思えば、誰もが耳を疑った昨年の調査報告での、村上浩爾理事長(当時専務理事)の「(パワハラの)証拠となるものを見せてほしい」との発言だった

▲村上氏はこの言動を「恥ずかしい。反省している」と陳謝した。だが、人権を軽んじた組織の対応が批判を浴びたため、重い腰を上げたのではないか。亡くなった女性の妹の現役団員は「宝塚は治外法権の場所ではありません」との悲痛なコメントを公表していた

▲小林の著作からは劇団の活動を通じて「朗らかに……」の精神を大衆や国民に広げる理念もうかがえる

▲古い上下関係と閉鎖性を抱えるいまの「宝塚」は、その理想から遠い。幕引きを急がず、組織のけじめを自ら考えるべきだ。どんな華麗なショーを演じても、舞台裏が変わらなければ輝きは取り戻せない。

 

 宝塚劇団員死亡 不誠実な対応が傷口を広げた(2024年3月30日『読売新聞』-「社説」)

 劇団員が亡くなった背景には、先輩から後輩への多くのパワーハラスメントがあった。劇団の古い体質を改め、悲劇を二度と繰り返さないようにしなければならない。


 宝塚歌劇団宙組に所属する25歳の女性が昨年死亡した問題で、劇団側は、上級生らによる14件のパワハラがあったと認め、遺族に謝罪した。ヘアアイロンでやけどを負わせたり、人格を否定する言葉を浴びせたりしたという。

 警察は女性が自殺したとみている。劇団を運営する阪急電鉄の親会社、阪急阪神ホールディングスの嶋田泰夫社長は記者会見で「劇団の経営陣の怠慢がこうした事態を引き起こした」と陳謝した。

 宝塚歌劇団は110年の歴史があり、多くのファンに支えられている。華やかな舞台とは対極にある陰湿な行為に、心を痛めているファンも多いはずだ。

 劇団は昨年11月、弁護士チームによる調査結果をいったん公表した。業務が過重だったことは認めたものの、パワハラについては「社会通念上、不相当とはいえない」として否定していた。

 今回、一転して全面的にパワハラを認めたのは、「遺族の思いを受け止め、事実を精査した」からだというが、そうであるなら、昨年の報告書は何だったのか。

 調査を担当したのは、ホールディングスと関係がある弁護士事務所で、遺族が客観性を疑問視していた。最初から中立公正な第三者機関が適切に調査していれば、ここまで対応が迷走することはなかったと思わざるを得ない。

 突然身内を失い、劇団側の不誠実な対応にも振り回された遺族の痛苦は、いかばかりか。

 劇団は、公演の稽古や衣装準備の指導を上級生らに任せていた。伝統的に上級生と下級生の関係が厳しく、下級生は深夜まで作業に追われることも多かった。

 本来なら阪急電鉄やホールディングスが劇団の管理運営に責任を持つべきなのに、こうした状況を放置し、問題発覚後も劇団側に対応を任せきりにした。無責任体質が常態化していたと言えよう。

 亡くなった女性は、劇団と業務委託契約を結んでおり、自由に働き方を選べるフリーランスだった。にもかかわらず、長時間に及ぶ稽古などを強いられていた。劇団と劇団員の契約のあり方についても見直す必要がある。

 阪急電鉄は、外部有識者による組織を新設し、劇団運営に助言をもらうという。信頼の回復には解体的な出直しが不可欠だ。

 

 宝塚歌劇団はあしき体質を一掃せよ(2024年3月30日『日本経済新聞』-「社説」)

  

死亡した俳優の女性に対するパワハラを認め、謝罪する阪急阪神HDの嶋田泰夫社長(中央)ら(大阪府豊中市)=共同
 

 宝塚歌劇団の俳優の女性が死亡した問題で、歌劇団を運営する阪急電鉄の親会社、阪急阪神ホールディングス(HD)が上級生らによるパワーハラスメントを認め、遺族に謝罪した。

 女性の死亡から半年。一連の問題は節目を迎えたが、対応が後手に回り、阪急阪神HDやグループ企業への信頼は失墜した。再び同じ過ちを犯さぬため、パワハラ撲滅に向けた覚悟が問われる。

 歌劇団は昨年11月、パワハラやいじめは「確認できなかった」とする調査報告書を公表した。遺族側が反発し、双方で話し合いを続けていた。

 28日記者会見した阪急阪神HDによると、ヘアアイロンでやけどを負わせたり、人格否定のような言葉を浴びせたりした14件をパワハラと認定。そのうえで長時間労働パワハラを放置した歌劇団に過失があったとした。

 遺族の苦しみを考えれば、もっと早く責任を認めるべきだったのではないか。対応のまずさは否めない。再生への道のりは極めて険しい。

 歌劇団側は再発防止策を公表した。公演数の削減やメンタルケアの充実、古くからのルール・指導方法の見直し――など多岐にわたる。順次実施しているというが、取り組みを加速してほしい。

 より重要なことは、運営のあり方や体制整備ではなく、組織内の意識改革である。「芸事」を名目に人権を軽んじるような、あしき体質を一掃しなければならない。そのためには新設する諮問委員会を含め、外部によるチェックが欠かせない。

 宝塚歌劇団では入団後一定年数以上たつと雇用関係のない個人事業主となり、本人に不利な契約を強いられたとされる。今回の問題を受け、労働基準監督署が働き方の実態などを調べている。

 フリーランスの働き手が、過重労働やハラスメントで追い詰められることはあってはならない。保護の仕組みが十分か、あらためて検討する契機にしたい。

 

宝塚ファンの夢とパワハラ(2024年3月30日『産経新聞』-「産経抄」)

 桜が満開を迎えた春、紅華歌劇音楽学校の2次試験会場で、大勢の受験生たちを見た教員がつぶやく。「合格したら悪夢のようなヒエラルキー社会の始まりなのにな」。宝塚歌劇団をモデルとし、アニメ化もされた斉木久美子さんの人気漫画『かげきしょうじょ!!』の一場面である。

▼そのシーズンゼロ巻に収録された斉木さんと宝塚の元トップスター、凰稀(おうき)かなめさんの対談で、凰稀さんは読んだ感想を語っている。「こういう学校だったら凄(すご)く楽しかっただろうな」。作品でも厳しい上下関係や規律が描かれているが、現実はそんな生易しいものではなかったということか。

宝塚歌劇団の宙(そら)組劇団員の女性が急死した問題で、親会社の阪急阪神ホールディングスは28日、上級生らによるパワーハラスメントを認め、補償する内容で合意書を締結したと発表した。歌劇団側は当初、パワハラやいじめを認めていなかった。

▼合意書に盛り込まれたパワハラ行為は、ヘアアイロンを額に当ててやけどを負わせたり、人格否定の言葉を浴びせたりするなど悪質なものである。これらについて、29日の小紙(東京版)で元タカラジェンヌが証言していた。「心当たりがあるし、歌劇団ではずっと当たり前だった」 

▼異常な実態を長年放置し、なかったことにしようとした歌劇団の責任は重い。宝塚の舞台に憧れ、血のにじむ努力を重ねた末に待ち受けるのがパワハラでは救われない。劇団側の適切な指導・矯正がないまま、それが「伝統」だと思い込み慣習的にパワハラを続けた上級生もふびんである。

▼「宝塚は夢の世界ですからね。やっぱり」。前掲の対談で凰稀さんは語っていた。劇団を支えるたくさんのファンの夢を壊してはならない。

 

歌劇団パワハラ/人権尊重へ抜本的改革を(2024年3月30日『神戸新聞』-「社説」)

 昨年9月に宝塚歌劇団の俳優女性(25)が急死した問題で、歌劇団と運営する阪急電鉄、親会社の阪急阪神ホールディングス(HD)が、上級生らによる女性へのパワーハラスメントを認め、補償も含めた遺族側との合意書を締結した。HDの角和夫会長らが遺族に直接謝罪した。

 女性は宝塚市内で死亡して見つかり、兵庫県警は自殺の可能性が高いとみている。合意を受けて、母親は「娘に会いたい、生きていてほしかった」などとコメントした。

 遺族側の主張を否定していた阪急・歌劇団側が一転して受け入れ、決裂の可能性もあった交渉が決着した。ただ、合意がなされても失われた命は戻らない。阪急側は事実の重さを改めて認識してもらいたい。

 阪急側は、遺族側が示した15項目のパワハラ行為を14項目に整理し、いずれの行為も認めた。上級生がヘアアイロンでやけどを負わせ、謝罪しなかった▽髪飾りの作り直しを指示、深夜作業を課した▽人格否定のような発言を浴びせた-などだ。いずれも非常識と言うほかない。

 両者の交渉がもつれ、合意まで約半年間を要したのは阪急側の責任である。過重労働とパワハラを訴えた遺族側に対し、阪急側は、グループ企業の役員が所属する弁護士事務所の調査報告書を基にパワハラを否定した。写真などの証拠が出された後もパワハラの半数を認めなかった。遺族側代理人は「行為者が自身の責任を回避し、歌劇団がそれをかばう姿勢が長引かせた」と指摘した。

 遺族側が求めた第三者的な立場からの再検証を、阪急側は結局行わなかった。「(いじめがあったと言うなら)証拠を見せていただきたい」と会見で見せた高圧的な態度に遺族がたじろいでいれば、パワハラはなかったことにされていた。阪急側は今回の対応の問題点を一から検証し再発防止につなげる責務がある。

 阪急側はパワハラの当事者に悪意があったとまでは言えないとし、劇団員の処分は否定した。責任は組織全体で負うべきだとしても、劇団員ら一人一人が人権意識を高めなければパワハラの根絶は難しい。

 再発防止策として阪急側は、興行計画や稽古期間の見直し、外部相談窓口の開設、劇団員らの意識改革を促す取り組み、有識者のアドバイザリーボード設置などを挙げた。

 今年創立110周年となる宝塚歌劇には厳しい上下関係や古い伝統、慣習が残るとされる。こうした組織風土の一掃は容易ではない。人権を尊重する歌劇団になるためには、抜本的な組織改革が欠かせない。合意で問題を終わらせることなく、今後の取り組みを社会に広く開示していく姿勢が求められる。

 

謝罪した宝塚歌劇団(2024年3月30日『熊本日日新聞』-「新生面」)

 漫画家の手塚治虫は幼少期から青年期まで兵庫県宝塚市で過ごした。家は宝塚大劇場から1キロと離れておらず、母親に連れられてよく観劇に訪れていたという

▼「この世の最高の芸術だと感嘆した」と後に語ったように、創作の原点になるような体験だった。主人公の王女が王子の装いをして活躍する『リボンの騎士』は、宝塚歌劇の影響が最も色濃く出た作品だ

▼その歌劇団の陰の部分が、俳優の25歳女性が急死した問題でさらけ出された。「過重労働とパワハラで心身の健康を損ない、自殺に至った」と主張する遺族側に対し、歌劇団側はこれまで、パワハラはなかったと言い続けていた

歌劇団と親会社の阪急阪神ホールディングスは一昨日、上級生による女性へのパワハラを認め謝罪した。当初は「証拠を見せていただきたい」と強気だったが、交渉を長引かせた末に世間の厳しい目に耐えられなくなったようだ

▼鉄道に詳しい政治学者の原武史さんは、阪急の鉄道に対する考えは目的地にただ早く乗客を運べばよいというものではなかったとする。「阪急の創業者の小林一三は、沿線に新たな文化圏を築こうとした。大正初期に始まる宝塚歌劇団はまさにその金字塔」(『鉄道ひとつばなし2』講談社現代新書

▼今回の歌劇団側の対応には“漫画の神様”も創業者も嘆いているだろう。そして多くのファンも。ちなみに、歌劇団の俳優養成機関「宝塚音楽学校」の今年の受験者数は480人(合格者40人)で、2000年代では最も少なかった。