医師の働き方改革 看板倒れとならぬように(2024年3月26日『熊本日日新聞』-「社説」)

 自己犠牲的な長時間労働によって維持されている医療体制の現状を是正しなければならない。医療機関働き方改革に本腰を入れて取り組み、国も指導を強化しなければ真の改革はなしえまい。

 4月から、勤務医の残業時間を規制する「働き方改革」が始まる。青天井となっている残業時間に制限を設け、原則的に年間960時間が上限となる。違反すれば、病院に罰則が科される。

 ただし、一般業種の最長年720時間を大きく上回る。「過労死ライン」とされる月平均80時間に相当する水準である。救急医療やへき地医療などを担う医師については、上限を年1860時間まで認める特例も設ける。医療提供体制を守るためだ。

 高度医療を担う特定機能病院を対象に共同通信社が調査したところ、回答した57病院の9割が働き方改革の施行後も「時間内に収めることは不可能」とし、上限を2倍近く引き上げる特例を申請すると答えている。早くも現場の医師からは改革の実効性を疑問視する声が上がっている。

 これでは働き方改革は看板倒れになりかねない。医師の心身を守りつつ、地域医療をどのように維持していくか、いま一度考えるべきである。

 勤務医に対する厚生労働省の2022年調査では、回答した約1万1500人のうちの2割が年960時間を超えて働いていた。前回19年調査の4割からは減ったものの、過労死ラインを超えて働く医師がこれほどいることは看過できない。

 全国の医師の総数は22年末時点で約34万3千人と過去最多を更新した。医学部定員の増加などが背景にある。しかし、外科や救急科、産科など医師の確保が思うように進まない診療科目もある。医師の長時間労働を解消するには、診療科による医師の偏在をなくすことも欠かせまい。

 それは地域医療についても言えることだ。地域の医療機関は大学病院からの医師の派遣で人手不足を補っているのが実情である。熊本県内でも医師の約6割が熊本市に集中し、その他の自治体との格差が大きい。熊本県がへき地への医師派遣を調整するなどしているが、好転する兆しはみられない。

 働き方改革に伴い、派遣医師の引き揚げや、救急医療や専門医療の縮小・撤退の動きが見られる。しかし、地域医療の一層の弱体化を招きかねない。バランスのとれた医師の配置と医療体制維持の両立を目指してもらいたい。

 これからは病院同士が連携して役割分担を徹底することが求められる。研究や教育のため病院に居残った時間を「自己研さん」として労働時間から除外することも改めるべきだ。一人の患者を複数の医師で診ることや、看護師らが業務の一部を担う「タスクシフト」の推進も必要だ。

 医療は限られた資源である。このことを念頭に置き、利用する側も夜間や休日の安易な受診を控えるよう心がけたい。