医師の働き方改革に関する社説・コラム(2024年3月22日)

自己犠牲で医療は守れぬ/医師の働き方改革(2024年3月22日『東奥日報』-「時論」/『山形新聞』ー「社説」/『茨城新聞』-「論説」)

 

 4月から、働き方改革関連法に基づく時間外・休日労働の上限規制が医師にも適用される。一般業種では2019年から実施されており、5年遅れのスタートとなる。「医師も労働者である」という原点に立ち、病院に勤務する医師の長時間労働の是正に本腰を入れるべきだ。

 現在の医療提供体制は、自己犠牲的な医師の献身に頼ることで何とか維持できている面がある。医療界には徒弟制的な文化も残り、長時間労働解消の機運はこれまで乏しかった。実効性ある働き方改革を進め、就業環境を見直す契機にしたい。

 もっとも、国が定めた勤務医に関する時間外労働の上限規制は緩く、原則的に年960時間と、一般業種の最長年720時間を大きく上回る。「過労死ライン」とされる月平均80時間に相当する水準だ。救急医療やへき地医療などを担う医師については、上限を年1860時間まで認める特例も設けられた。

 特例の導入は医療提供体制の維持が名目だが、これでは勤務医の健康を守るには心もとない。なるべく早く上限時間の短縮を図ることが望ましい。女性医師の増加を考えれば、就業を継続しやすい環境の整備は急務だ。

 22年には、神戸市内の病院に勤めていた当時26歳の男性医師が過労でうつ病を発症し自殺した。死亡直前まで約100日間連続で勤務し、時間外労働は月200時間を超えていたという。悲劇を繰り返してはならない。

 厚生労働省の22年の調査では、年960時間を超えて働く病院勤務医は約2割。19年調査の約4割からは減ったが、これほどの数の医師が過労死ラインを超えて働いているのは看過できない。外科や産婦人科、救急科などは特に長時間労働の傾向が強い。

 時間外労働の上限規制が導入されても、現場の運用いかんでは骨抜きにされる余地がありそうなのは心配だ。病院が労働基準監督署から「宿日直許可」を得ると、夜間や休日に患者対応に備え待機している時間でも労働時間とみなされない。

 加えて、研究や教育のために病院に居残った時間が自主的な「自己研さん」と判断されると、こちらも労働時間から除外される。こうした仕組みが改革の抜け道にならないように国による厳格なチェックが求められる。

 医師の働く時間が短くなれば、医療現場への影響は小さくない。日本医師会の調査では、救急医療や専門的な医療の縮小・撤退を懸念する声が上がる。地域医療では大学病院から医師の派遣を受けて人手不足を補っている実情があるが、派遣医師を引き揚げる動きも不安視される。

 混乱を避けるには、地域の医療機関同士が連携し、役割分担を徹底していく必要があろう。勤務医の日常業務も負担軽減を図りたい。複数主治医制を取り入れたり、医師が本来やるべき仕事に集中できるよう業務の一部を他の専門職に任せるタスクシフトを進めたりする工夫が急がれる。

 私たち患者にもできることはないか。夜間や休日の安易な受診は控えよう。病院に過剰な対応を要求するのもやめるべきだ。医師が疲弊してしまっては、地域医療そのものが壊れてしまう。患者だって睡眠不足で疲れ切った医師の手術を受けたくはない。働き方改革を医療の安全と質の向上につなげたい。