核兵器は、それが実際に使われた場合はもとより、実験や開発、製造の過程でも、深刻な被害をもたらす。その現実に目を向け、廃絶に向けた取り組みを強めなくてはならない。
世界でこれまでに行われた核実験は2千回を超える。太平洋のマーシャル諸島では、米国が1946年から58年にかけて、67回の原水爆実験を繰り返した。その破壊力を総計すると、広島への原爆が19年間にわたって毎日、投下されたに等しいという。
ビキニ環礁での54年3月1日の水爆実験はとりわけすさまじく、広島原爆の千倍の威力の爆発によって三つの島が消滅した。今年はそれから70年にあたる。
日本の漁船、第五福竜丸はその日、東方160キロの海上で、「死の灰」と呼ばれる放射性降下物を浴びた。乗組員23人が被ばくし、無線長の久保山愛吉さんが半年後に亡くなっている。広島、長崎に続く核の被害は、後の原水爆禁止運動の出発点となった。
第五福竜丸のほかにも多くの日本漁船が、ビキニの核実験で被ばくした。しかし、日米両政府は政治決着を図り、被害の補償や回復はなされていない。高知の元漁船員らが国に損害賠償を求めた裁判がなお続いている。
マーシャル諸島では、実験によって移住を強いられた島民が、残留放射能のため今も帰還できていない。環礁内や周辺の海で、米軍が汚染土のずさんな埋め立てや投棄をしていた事実も、最近になって相次いで確認された。
マーシャル諸島のほかにも、米国のネバダ、旧ソ連のセミパラチンスク、中国の新疆ウイグルをはじめ各地で核実験が行われ、風下の住民らが被害を受けてきた。原料のウランの採掘現場がある地域でも、被ばく被害や環境汚染が引き起こされている。
2021年に発効した核兵器禁止条約は、広島、長崎の惨禍だけでなく、世界各地の被害を踏まえ、絶対悪として核兵器を否定した国際法だ。被害者への援助と、汚染された環境の回復に取り組むことを締約国に義務づけている。
核の被害者の多くが、先住民ら圧倒的に弱い立場の人々であることに目を凝らしたい。禁止条約は、核の存在がもたらす不公正な世界のあり方を正す国際社会の意思を含み込むものだ。
日本政府はかたくなに条約に背を向け続けている。被爆国の責任をなげうつその姿勢を認めるわけにいかない。主権者として声を上げ、国会、政府を動かしたい。