第五福竜丸70年に関する社説・コラム(2024年3月14日)

 
核兵器の非人道性を訴える第五福竜丸の船体(東京都江東区の展示施設)

ビキニ被ばく70年 核廃絶へ日本が先頭に立て(2024年3月14日『河北新報』-「社説」)


 核廃絶が願いのままであってはいけない。多くの人がそう思っているのに、開発に突き進み、使用をちらつかせる為政者を放ってはおけない。

 1954年3月1日、太平洋・マーシャル諸島ビキニ環礁で米国が実施した水爆実験「ブラボー」によって、静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」が被ばくした。

 水爆は広島に落とされた原爆の約1000倍の威力があった。第五福竜丸が遭遇したのは約160キロ東の海上。米国が設けた危険区域の外だったが放射性降下物「死の灰」を浴び、乗組員全23人が被ばくした。

 唯一の戦争被爆国である日本がまたもや核の悲劇に見舞われた、決して忘れてはならぬ70年前の事件である。

 同年9月に無線長久保山愛吉さん=当時(40)=が亡くなった。放射性物質に汚染されたマグロの廃棄なども影響して反核世論が高まった。

 米国は46~58年、マーシャル諸島で計67回の核実験をし、島々や海洋生物が汚染された。少なくとも日本漁船延べ約1000隻に漁業被害が出たとされ、マーシャルでは今も帰島できない人が多い。

 ビキニ事件は発生から10カ月後に米国が日本に7億2000万円(当時)の見舞金と原子力技術を供与する形で政治決着した。責任を不問にしたのは、敗戦国の悲しい現実であろう。

 東京電力福島第1原発事故につながる日本の原子力開発が、ビキニ事件を巡る米国との政治的取引から始まったことも改めて記しておきたい。

 第五福竜丸の乗組員だった大石又七さんは2021年3月に87歳で亡くなるまで、がんなどの病気と闘いながら、核兵器の恐ろしさを伝えてきた。700回を超える証言活動の中で小中学生らに語ることも多く、「核のない世界をつくって」と若い世代に思いを寄せた。その意をくみ続けていきたい。

 冷戦終結後、核の脅威は低減の兆しが見えたが、いま再び高まりを見せる。

 ウクライナを侵攻したロシアのプーチン大統領戦略核兵器は完全な戦闘準備態勢にあると強調し、対立を深める欧米などをけん制。北朝鮮核兵器が搭載可能なミサイルの発射実験を繰り返す。米国と中国の覇権争いも激しさを増すばかりだ。

 世界には推計1万発以上の核弾頭が存在する。使ったら地球を滅亡させるというのに、なぜ開発・製造をやめないのか。「抑止力」で本当に抑え込めるのか。核の脅威が増大しただけではないのか。

 核兵器禁止条約は発効から3年が過ぎた。いまだ核保有国が加わろうとはせず、さらに米国の核の傘に入る日本も参加していない。本来は日本が核廃絶に向けて先頭に立つべきなのは言うまでもない。

 「国益」にとらわれず、地球全体を考えなければ核廃絶は遠のくばかりだ。

 

 第五福竜丸70年 非核主導を(2024年3月14日『日本経済新聞』-「社説」)

 静岡県のマグロ漁船、第五福竜丸が米国の水爆実験で被曝(ひばく)してから70年がすぎた。核なき世界への努力を日本が主導する決意を新たにしたい。

 東西冷戦下の1954年3月1日、太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁で、広島原爆の1千倍もの威力を持つ水爆実験が行われた。灰状の放射性降下物がまき散らされ、近隣の島々や洋上で操業していた船舶が被害を受けた。第五福竜丸では甲板に船員の足跡がつくほど灰が積もったという。

 船員らには強い放射線によるやけどや脱毛、出血といった症状が出た。帰国後に治療を受けたが、無線長の久保山愛吉さん(当時40)が半年後に亡くなった。日本社会に与えた衝撃は大きく、反核の署名運動が全国に広がる。翌55年8月には最初の原水爆禁止世界大会が広島で開かれた。

 放射線被害を伴う核兵器の非人道性に、改めて慄然とする。第五福竜丸以外でも被曝を訴えて裁判になっているケースがある。現地住民の多くが健康被害に悩まされたり、故郷を追われたりした。核兵器による被害を絶対に繰り返してはならない。

 世界の潮流は危うい方向にある。ウクライナへ侵攻したロシアのプーチン大統領は2月の年次教書演説で、ロシアの戦略核が「完全な準備態勢にある」と述べた。ロシアに接近する北朝鮮も、核搭載を前提にしたミサイルなどの兵器の高度化にまい進している。

 核廃絶への道のりは険しい。それでも日本はあらゆる努力を続けるべきだ。米国の「核の傘」が日本の安全保障の前提になっている現実を前にしても、核なき世界の実現を主導する被爆国としての責務は変わらない。

 岸田文雄首相は昨年の主要7カ国(G7)首脳会議で各国リーダーを広島に招いた。シンボリックな意味合いは小さくないといえるが、実質的な前進も必要だ。核兵器禁止条約の締約国会議へのオブザーバー参加といった、新たな一歩も検討すべきだろう。