適性評価制度の拡大法案 「地上げ屋」化する政府 論説委員兼編集委員・田原牧(2024年3月5日『東京新聞』)

 まるで「地上げ屋」だ。
 昨今の政府の手法についてである。今国会で審議されるセキュリティー・クリアランス(適性評価)制度の拡大を含む重要経済安保情報保護・活用法案もその一つだ。
 土地取引は原則任意だが、地上げ屋は地権者が土地を手放さざるを得なくなるまで、あの手この手で追い込むブローカーだ。バブル崩壊でついえたと思っていたが、ここ数年、復活しているようだ。
 適性評価制度は10年前に施行させた特定秘密保護法で導入された。政府指定の機密情報を扱う有資格者を限定するために、政府機関が思想信条や犯罪歴、借金、精神疾患、飲酒の節度、家族や同居人の国籍などを身辺調査する。
 今回は機密情報の範囲を経済分野に拡大するため、従来の公務員主体から民間人に対象が広がる。プライバシー調査ゆえ強制はできず、適性評価を受けることは「任意」。断っても不利益はないという口上が添えられている。
 だが、この任意が曲者(くせもの)だ。雇用者と被雇用者の力関係は非対称だ。果たして会社からの要請を従業員が拒めるだろうか。「断るということは何か訳ありなのか」。暗黙の圧力がかかる。少なくとも従来の業務からは外されよう。
 似たケースがマイナ保険証だ。元となるマイナカードの取得は任意である。ところがご存じの通り、政府は現行の健康保険証の廃止によってマイナカード取得を事実上、義務化するという挙に出た。
 何の不自由もない現行の健康保険証を取り上げることで無理やりマイナカードを取得させようというのである。
 建前は任意なので、マイナカードの取得を拒む人には最長5年間有効な資格確認書を発行する。認知症などの人には暗証番号抜きのカードをあてがい、システム環境が整わない地域には「資格情報のお知らせ」という紙を配る。わざわざ面倒をつくるのだ。
 適性評価制度もマイナ保険証も、本人意思という任意原則は形式的に維持しつつ、現実には不利益を強いることで経済界におもねった政策を押し付ける。政府の地上げ屋化としか言いようがない。
 いわば詐術だが、いまに始まった話ではない。広義には兵器を「防衛装備品」と呼ぶこともその一端だろう。
 2004年に自衛隊イラク派遣を巡り、当時の小泉純一郎首相は党首討論で「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域」とうそぶいた。思えば、あのころからこうした悪弊が加速した印象がある。
 あからさまな不誠実と非倫理性。それは社会をも汚染している。へ理屈とはぐらかしに染まっているネット空間での「論争」がその一例だ。
 言葉が信用を失えば、その先にあるのは暴力の喚起だ。安倍晋三元首相の殺害もそうした趨勢(すうせい)と無縁ではない。
 地上げされるのは私たちである。抗(あらが)い続ける中で言葉と人間同士の信頼を取り戻したい。


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