「40年連れ添った夫がひとり旅先で急逝」実例に学ぶ<悔いのない最期の迎え方>を看取りのプロが解説(2024年3月5日)

 

 

教えてくれた人

人生の最期を迎えるために知っておくべきこと

親が考えている「最期」と子供が考えている「最期」にはギャップがある

「これまでの人生に満足しているか」調査結果
全国の20~70才の男女2000人を対象に「これまでの人生に満足しているか」を聞いた調査

・非常に満足している…5.6%

・やや満足している…26.5%

・どちらとも言えない…32.1%

・あまり満足していない…20.9%

・全く満足していない…15%

※出典/PGF生命アンケート調査(2020年)

悔いのない最期を迎えるのに必要なもの

 南日本ヘルスリサーチラボ代表で医師の森田洋之さんも、家族関係に悔いを残したまま旅立っていった患者の姿を幾度となく目にしたという。

「ぼくが知る資産家の男性は若い頃に家族と疎遠になったのですが、妻と子供はお金を理由に絶対に別れなかった。そんな関係が続き、男性が80代になって介護が必要になると施設に入所させられ、妻と子は施設を訪れるものの介護方針に口出しだけして、肝心の男性のお見舞いはほとんどせずに帰ってしまう。

 男性と妻、子のつながりはお金だけであることが見て取れ、傍目にも気の毒でした。男性は家族の話を一切せず、若い頃の武勇伝ばかり口にして亡くなりましたが、明らかに強がっている様子で寂しそうでした」

 森田さんの知る別の70代女性は、3人目の子供を出産後、子供たちを置いて蒸発した。しかし、末期がんを患うと、一転して30年以上前に自分が“捨てた”子供たちに会うことを願った。

「過去の蒸発をどれほど非難されてもかまわないので、死ぬ前に子供に一目会いたいとのことでした。人は死が現実に迫ると、親子の縁を無視できなくなるのかもしれません。その女性は、元夫に介護されながら最期を迎え、お子さんたちも数えるほどですが会いに行ったようです。お子さんたちにとっては“誰?”という思いだったでしょうが、それでも女性は最期、“家族”に会え、悔いを残さず旅立ったはずです」(森田さん)

 いかに富や名声を得たとしても、自分の意思で気ままに生きたとしても、死は万人に平等にやって来る。そのとき人がすがるのは「家族の絆」なのだ。家族にまつわる“最期の後悔”で心が揺れ動くのは、見送る側も同様だ。

最も多い後悔「ジレンマ」の実例

「もっと親孝行したかった」「もっと自分にできることがあったのでは」―――親を看取った多くの子はそんな思いにとらわれる。

 最も多い後悔は「ジレンマ」によるものだ。ジレンマとは、2つの選択肢がありどちらを選んでも不利益になる状況を示す。

 たとえば、延命治療はしないと決めていた90代の女性が肺炎を患い、娘が「放置すると死にます」と医師に告げられたケースがある。本人は意思表示ができないため、判断は娘に委ねられたが、本人はかねて“自宅で死にたい”と望んでいたという。

「入院させれば望まない延命をすることになり、入院させなければ死に至るというジレンマです。娘は苦渋の決断で母を入院させましたが、結局治ることなく病院で亡くなり、娘は“どうせ逝ってしまうなら、希望通り自宅で介護してあげればよかった”と悔しがっていました」(小澤さん)

「寝たきりになった80代の母の希望を死後に知った」

 都内在住の竹田文男さん(56才・仮名)は5年前に腰の骨を折り、寝たきりになった80代の母の希望を死後に知り、自責の念にかられたという。当時、更年期障害と診断されていた妻が体調を崩し、大学受験の息子もいて家の中がピリピリしていたので、やむなく母を施設に入所させた。

 竹田さんが面会にいくと母は「ここは快適だから心配しないで」と口にしたが、体調は急激に悪化して誤嚥(ごえん)性肺炎で危篤になった。慌てて病室に駆けつけると、ベッドの脇に旅行バッグがぽつんと置かれていた。

「母が亡くなったのち、看護師から“お母さんは本当は家に帰りたくて荷物をまとめていたけど、息子に迷惑はかけられないからと黙っていたんですよ”と聞き、胸が詰まりました。“最後のわがままのつもりで伝えようかとも思ったけど、息子の困る顔は見たくないから”とも話していたそうで、母がどうせならわがままを言えばよかったと後悔していたらと思うと悔やんでも悔やみきれません」(竹田さん) 

 本人の意思を尊重しないことも後悔につながる。神奈川県に住む平晶子さん(50才・仮名)の70代の父は肺がんが見つかった際、祖父の代から経営する町工場の仕事を続けるため、失敗のリスクもある手術を望んだ。しかし、一日でも長生きしてもらいたい家族は父を説得し、手術ではなく放射線治療薬物療法を選択した。

 だが父は日に日に衰弱し、最後の2か月は痛み止めも効かず、薬で眠らせる治療の末に息を引き取った。

「父の闘病はあまりに壮絶でした」と平さんが語る。

「骨と皮だけでミイラのようになった父を見て、“手術した方がよかった”と苦しみました。長生きしてほしいなんて、家族のエゴだったかもしれません」

「40年連れ添った夫とこんな終わり方があるのか」

 少しでも長く、穏やかに生きてほしい――切なる願いが家族と本人を苦しめるのであれば悔んでも悔みきれない。そうした悲劇を避けるためにはどうすべきか。

 森田さんは「日頃から家族で腹を割って話をしていれば、いざというときに死に向き合える」と話す。

「“家族だから言わなくてもわかる” “どうせ言っても無駄だ”というのは嘘です。コミュニケーションを取らないから疎遠になり、悔いを残すことになるのです。そして、よりよい最期を迎えるためにも、普段から生死について話し合って理解し合うことが重要です」(森田さん)

 ただし、「話し合い」の猶予がいつまでもあるとは限らない。別れは突然やって来ることもある。

 都内在住の富樫圭子さん(60才・仮名)の夫は自身が定年退職した直後、妻をいたわるため、サプライズの温泉旅行を計画した。だが富樫さんは当日知らされたため、着替えの洋服などを準備しておらず「そんな急に言われても…」と不服をもらした。それがきっかけで夫婦げんかになり、夫はひとりで温泉に出かけたという。

 その晩、自宅の固定電話が鳴った。胸騒ぎがした富樫さんが慌てて電話をとると、夫が脳梗塞で倒れたと旅館から連絡が入った。急いで駆けつけたが間に合わず、夫は息を引き取った。富樫さんが静かに語る。

「40年近く連れ添ったのに、こんな終わり方があるのかと打ちひしがれました。あのとき一緒に行っておけばこんな思いをしないですんだのにと後悔する日々です。悲しさと悔しさは一生忘れないと思います」

 

文/池田道大 取材/進藤大郎、清水芽々、平田淳、三好洋輝 写真/PIXTA

 ※女性セブン2024年2月29・3月7日号

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