親が認知症を発症しても、家族で介護できるとは限らない。老人ホームへの入所も検討すべき選択肢だ。しかし、事情によって、当初の予定より多額の費用が掛かることもある。実情を見ていく。
50代独身女性が頭を抱えた、高齢母の「認知症」の兆候
少子高齢化が止まらない日本。認知症患者も今後ますます増加すると考えられ、ある試算によると、2025年には675万~730万人(19.0~20.6%)、2030年には744万~830万人(20.8~23.2%)、2040年には802万~953万人(21.4~25.4%)になるともいわれている。
都内で働く50代の女性は、茨城県の実家でひとり暮らしをする80代の母親に認知症の症状が現れ、頭を抱えることになった。
「実家のそばに暮らすイトコの奥さんから連絡がありました。〈叔母さん、少し様子がおかしいの。様子を見に帰ってあげて〉と…」 女性が久しぶりに実家に戻ると、なんと家はゴミ屋敷寸前。
母親はニコニコしているが、久しぶりに帰った娘の名前が思い出せない様子。
「母は耳が遠く電話が苦手なうえ、ラインなども使えないのです。だから、状況は近居の兄に聞いていたのですが…」 女性の兄は地元企業に勤める会社員で、実家の最寄り駅そばのマンションに妻と暮らしている。2人いる子どもはすでに独立した。
「私もずっと母のことが気になっていて、実家近くに暮らす兄に連絡を入れていたのですが〈大丈夫、元気だよ〉しかいわなくて…。適当な兄が許せません!」 これ以上兄に任せられないと思った女性は、自身の主導で母親を老人ホームへと入所させるべく奔走した。 老人ホームには複数のタイプがあるが、すべてが認知症患者を受け入れてくれるわけではない。受け入れがあるのは主に下記の施設になる。
認知症の症状をもつ9人を1グループにした少人数制のホーム。医療ケアや重度の介護が必要になった場合の対応は施設によって差がある。相場は初期費用が0~100万円程度と幅があり、月額費用は15万円程度。
■特別養護老人ホーム(特養)
公的な介護施設にあたり、原則要介護度3以上の方を対象とする。認知症患者は要介護度2以下でも入居可能な場合も。ある程度の医療ケアも可能なことも多い。初期費用は0円。月額費用は多床室で約10.42万円、ユニット型個室で約14.14万円。
■有料老人ホーム 民間企業が運営するホーム。
主に3つのタイプがあるが、認知症患者の受け入れは「介護付き」「住宅型」で、前者のほうが介護度の要件は幅広い。初期費用の相場は500万~1,000万円で、月額費用は20万~40万円程度。
■サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)
民間企業が運営するバリアフリー住宅。認知症患者への対応は幅がある。初期費用の相場は10万円程度、月額費用は15万~30万円程度。
「どうして見てくれなかったの!?」「口を出すなら金も出せ」
女性の母親の年金は月11万円弱。空きがあるといわれた民間の老人ホームは費用が高額過ぎたため、特養へ入所することになった。
特養は人気が高く、都市部では1年以上待つこともある。しかし運のいいことに、女性の母親が暮らす地域は比較的余裕があったようで、3カ月後には入所が決まった。
「特養に入所してくれて、本当に安心しました」 しかし、兄とは大ゲンカになってしまったという。
「〈どうしてお母さんを見てくれなかったの!?〉と怒ったら、〈何もしないやつにいわれたくない〉といい返されて…。何もしてないのは兄じゃありませんか? 従兄弟のお嫁さんが見かねて連絡くれるほど、状態がひどかったのに…」 女性は兄から「口を出すなら金も出せ」といわれてしまった。
「冗談じゃありませんよ。私は独身ですから、自分の老後のために節約しています。私、〈お兄ちゃんにはチビたちがいるから〉といって、母がせっせと援助していたのを知っています」 「姪っ子をかわいがっていたら、兄嫁に〈うちの子に老後を見てもらおうなんて、思わないでくださいね〉って言われたのを、まだ恨んでいます…」 女性は怒りが収まらない様子だった。
仕方ない、新NISAの投資に回そうと思っていたお金を…
とはいえ、とりあえずはひと安心…。そう思って過ごしていたところ、問題が発覚した。入居して3カ月後、施設から連絡が入ったのである。
「〈お母さんが夜中に大声を出して困ります〉というんです。あんなに穏やかで物静かだった母が、まさかそんなこと?…って、信じられませんでした」 「個室への移動を求められたのですが、そのためにはお金が…」 追加の費用は5万円。 老人ホームには「支払いの滞納」「長期入院/介護度の変更」「迷惑行為」といった退去要件があり、それに該当した場合は退去を迫られるが、今回のケースでは、個室に入れば退去しなくていいという。
認知症患者が徘徊したり、大声を上げたりするのはよくあることで、また、ホーム側の対応も、施設によって違う。退去を求められなかったのはラッキーな例だといえるだろう。 しかし、女性の表情は浮かない。
「母の年金と貯金では、当初の費用で限界です。でも、だれも面倒を見られないのに、退去という選択肢はありません。ですから、費用のことを兄と話し合おうとしたのですが…」 現状でも予算的にギリギリの状況のため、プラス5万円となると、子どもが負担するしかない。だが兄は「うちは家族を抱えていてパツパツ、少しも出せない。家族がいないお前が払え」と言って話にならない。 「もう、こればかりは仕方ありません…。
結局私が折れて、自分の老後資産形成のために新NISAに投資しようと思っていた分、母の施設に回すことにしました」 女性はうつむいた。 人は必ず年を取り、また、介護が必要になる可能性もある。子どもを当てにするのではなく、自分の老後は自分でどうにかすることが重要だ。
しかし、昭和の価値観を持つ世代には、まだそのような発想・思考はまだないのかもしれない。 いまの50代は、親の面倒を見る最後の世代であるとともに、子に面倒を見てもらえない最初の世代だと聞く。時代の変わり目には理不尽なことが起こりやすいが、後悔しないよう、しっかりと資産形成を考えることが重要だ。 [参考資料] 内閣府『認知症年齢別有病率の推移等について』
THE GOLD ONLINE編集部