親の介護を通して、あるいは年老いた親と接するなかで、私たちはつい考えてしまいます。「自分の老後はどんなものになるのだろうか」。超高齢社会のなか、自分らしい老後を過ごすには自立が必要だと、介護アドバイザーの髙口光子さんは言います。くわしくうかがいました。
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■長寿を手に入れたけれど、果たして幸せ?
だれもが望む、「元気で長生きしたい」という願い。日本は敗戦後、豊かな国を目指して成長を続け、「長生き」を実現しました。いまでは世界一の長寿国となり、健康寿命も延びています。
しかし私はここにきて、「長生きだけで幸せといえるのだろうか」と考えてしまいます。
あなたも、たとえば海の向こうの戦争の報道や、貧困にあえぐ人、文化の違いで迫害を受けている人のニュースなどに触れたときには、ほかと比べた自分たちの幸せを感じて、不満に思ったらバチが当たる、と思うことはあるでしょう。しかし日常的には「長生きできただけで私は最高に幸せ」と感じている人は少ないようです。
なぜ、私たちは長生きだけでは素直に喜べないのでしょう。 そこには、「どうやって長生きするか」というような、長生きの時間の長さだけではなく、長生きをいかに生きるかという、その生き方を具体的にとらえられない現状があると思います。
■60歳過ぎてから必要な「真の自立」
私は、人生100年時代を享受するためには、「年老いたが故の真の自立」を手に入れなければならないと、要介護の高齢者から教えていただきました。
人生を30年ずつ三つに分けると、
・0~30歳:成長する、ひたすら学ぶ・教わる・経験する
・31~60歳:人や社会のために活動する。仕事、家庭、地域社会など
・61歳~:いままでをこれからにつなげ、要介護となってなお「真の自立」をする ということになるでしょう。
「真の自立」というのは、何もかも自分一人でできて一人暮らしができる、ということではありません。「できること/できないことを明らかにして、できることはする、できないことは周りの援助を求める」ということです。そして援助を受けたら、なんの含むところもないまっさらな感謝を表すことです。
■自立のうえに成り立つ「自分はこう生きたい」
実はこれは、単純な行動のように思えますが、実際にはなかなか難しいことです。何かを行動するということだけではなく、考え方・心の持ちようを変えることだからです。「充実した老後を過ごすには、○○しましょう」「○○の実践がおすすめです」などと言われてやるほうが、ずっと簡単です。
まず、できること/できないことを、自分ではなかなか見極められません。見極めたとしても、できることをしようとしない人、あるいはできないことを無理してやろうとする人・逆に自分の可能性を無視する人は多いのです。
さらに、できないことについて援助を求めるのも、けっこうハードルが高いです。あなたのプライドや、人に頼むことの面倒くささ・遠慮が邪魔するのでしょうか。
長生き生活を充実させるには、この「真の自立」が不可欠です。
これができてようやく、次に「自分はこうしたい、こう生きたい」を考えます。子どもたちや親族に対する忖度(そんたく)は無用。主体はあくまでも自分自身です。
■人は、生きてきたようにしか死ねないもの
「人は生きてきたようにしか死ねない」。介護の現場で働いていると、つくづく感じます。
とくに人とのかかわり方において、それは顕著です。それまで人とどのようなつきあい方・かかわり方をしてきたか。簡単にいえば、人づきあいをいとわずしてきた人は、人に囲まれた老後・最期を迎えるだろう、人づきあいを避けてきた人は、ひっそりと最期を迎えるだろうということです。
繰り返しますが、真の自立では、できないことを人に援助してもらう、そして援助してもらったら、こだわりなく、素直に感謝することが必要です。納得できる充実した老後を過ごしたいなら、60歳過ぎまでにそんな自分にどこまで近づけるか、自分と人とのかかわり方を、気づいたいまから見直すことも大事なことになるでしょう。
■「年を取るのも悪くない」と思ってもらえるように
あなたは親の介護を通じて、あるいは老いていく親を見守ることで、多くのものを学びました。この経験は、親が最後にあなたに身をもって残してくれた、大きなギフトといっていいでしょう。それを無駄にすることなく真の自立を手に入れ、「あなた自身の充実した老後」を迎えてほしいと思います。そのことが最後の親孝行になるのではないでしょうか。
同時に、その姿を次の世代(子どもの世代)に見せて、「年を取るのも悪くない」「人生100年時代がきてよかった」と思ってもらえるようになったら素晴らしいです。
私たち介護職はそのお手伝いをします。
介護のプロの使命は、「親が長生きしてよかった」「親がおとうさんらしい/おかあさんらしい最後の生活を送れてよかった」とあなたに感じてもらうこと、ひいては、「私も、おとうさん/おかあさんのように、年を取っても自分らしく、自立した毎日を送れるようにしよう」と希望をもってもらうことだと、私は思っています。
介護は介護を受ける本人(親)だけの問題ではありません。子どもや家族など周りの人も豊かになってはじめて、人生100年時代の介護といえるのではないでしょうか。
そう思って、これからも現場の介護を続けていきます。
(構成/別所 文)
髙口光子(たかぐちみつこ)元気がでる介護研究所代表
【プロフィル】
高知医療学院卒業。理学療法士として病院勤務ののち、特別養護老人ホームに介護職として勤務。2002年から医療法人財団百葉の会で法人事務局企画教育推進室室長、生活リハビリ推進室室長を務めるとともに、介護アドバイザーとして活動。介護老人保健施設・鶴舞乃城、星のしずくの立ち上げに参加。22年、理想の介護の追求と実現を考える「髙口光子の元気がでる介護研究所」を設立。介護アドバイザー、理学療法士、介護福祉士、介護支援専門員。『介護施設で死ぬということ』『認知症介護びっくり日記』『リーダーのためのケア技術論』『介護の毒(ドク)はコドク(孤独)です。』など著書多数。https://genki-kaigo.net/ (元気がでる介護研究所)