「育児をするパパが当たり前になれば、イクメンという言葉は過去のものになる」。男性の育児参加を支援するNPO法人「ファザーリング・ジャパン」代表理事の安藤哲也さん(61)は、そう願って各地で講演活動を重ねてきた。そんな「イクメンの旗手」がここ数年、ある異変を感じているという。
◇セレブだけの話ではない
きっかけは、NPOのメンバーとの何気ない会話だった。
「ファミレスに子どもと行ったら、店員さんにおじいちゃんと間違われちゃって……」
そのメンバーは60代だが、40代の時に2人の子どもが生まれたという。安藤さんは晩婚化、晩産化が進んでいることを実感した。
「50歳以上のメンバーで、未就学児のパパが増えてきた気がする。父親が高齢というケースは、セレブな人たちだけの話ではなくなってきているのかもしれない」 ファザーリング・ジャパンは2023年9月、「シニア(高齢)パパプロジェクト」を始めた。高齢パパ同士が気軽に情報交換できる「コミュニティーづくり」を進めていくのが主な狙いだ。
キックオフイベントを開くと、参加した父親から同様の体験談が続々と寄せられた。
「娘の友だちから『おじいちゃんと一緒でいいね』と言われた」「おじいちゃんと間違われるので、白髪を染めるようになった」
ただ、悪いことばかりではない。 「映画がシニア割になって、子どもと同じぐらい安く見られる」
◇高齢パパの「強み」と「弱み」
同NPOによると、高齢パパの定義は「45歳以上で新生児(第2子以降含む)が生まれた父親」。45歳というのはあくまで目安だが、世界保健機関(WHO)が定義する高齢者は65歳以上だから、高齢パパは子どもが20歳を迎えた時には必ず高齢者ということになる。
安藤さんが考える高齢パパの主な特徴は二つだ。
まず、高齢のために困難を抱えやすいというデメリットがある。衰えていく体力に加え、定年退職までの年数が短く、貯蓄など経済面に気を配る必要がある。親を介護する必要が生じれば、たちまち「ダブルケア」になる。
一方で、20~30代に比べて多少は経済的な余裕があり、時間に融通がきく人もいる。人生経験を生かして子育てに取り組みやすいという面もある。 安藤さん自身も高齢パパだ。45歳で第3子の次男が生まれた。
長女、長男を育てた時はアウトドア派だった。キャンプに連れて行ったり、郊外の公園に行ったり、存分に遊ばせることができた。次男の時はそこまでの体力がなく、インドアが中心になった。
「でも、子どもは子どもで『そんなものかな』と受け止めますよ。親は自分ができることをやるしかないです。運動会で走ったら危ないですしね」
◇男性の育児参加が当たり前の世の中に
安藤さんがイクメンになった理由はシンプルだ。共働きだったから、自分もやらないと回らなかった。長女が生まれた当時は書店の店長。夜にいったん店を抜け、自宅で子どもを寝かしつけることもあった。
共働き家庭では、父親が担っている家事・育児の役割は小さくない。保育園の送り迎えをできる方がやるのは当たり前のことだ。
でも、それは多くの会社が想定する「社員像」や、社会が期待する「父親像」とはズレがあった。 子育てに悩む父親が「笑顔になれる」方法はないか。安藤さんが企画書を書き、仲間たちと立ち上げたのが、ファザーリング・ジャパンだ。06年11月に設立総会を開き、07年4月に法人を設立した。
それから17年が経過し、男性の育児は社会にかなり浸透した。その一方で、晩婚化や晩産化が進み、不妊や介護などの課題は深刻になっている。高齢パパが抱える悩みは、その縮図のようにも思える。
◇「ライスワーク」から「ライフワーク」へ
安藤さんは今、構想を温めている。「『90歳まで働こうぜ』運動をしようかなと思っているんです」
還暦を迎えた時に「自分は90歳まで働こう」と決めた。定年までは、食べていくために働く「ライスワーク」、定年後は「ライフワーク」をやる。いつまで働けるかは分からないが、働くことが自分や家族を支えるというのが、安藤さんの持論だ。
厚生労働省の人口動態調査によると、22年に生まれた子の父親(嫡出子のみ)の年齢は40代以上が16%。まだ少数派だが、今後増えるのは確実だ。
「男性育休だって、15年前ぐらいはここまで広がるとは考えられませんでした。シニアパパもきっと増えます。そのために支援のかたちを整えていきたいです」【大平明日香、坂根真理、安藤龍朗】