教義の矛盾に気づいたら…17歳で精神が壊れた 宗教2世が苦しむ偏見や孤立 本当に難しいのは脱会後(2024年3月1日『東京新聞』)

 2022年夏、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の信者の子による安倍晋三元首相銃撃事件を機に「宗教2世」の存在が注目を集めた。特定の宗教を信仰する親の下で育つ子の存在や生きづらさは長く社会で埋もれてきた問題だ。社会で孤立し、教団から離れても困難を抱える当事者は多い。どのような対策や支援が必要とされているのか。(社会部・太田理英子)

◆声を上げ始めた2世たち

 「自分以外にも被害者がいたのか」。旧統一教会の2世による安倍氏銃撃の背景に高額献金被害があったと知り、山本サエコさん(仮名)は自身と似た境遇に驚いた。
 両親は同教団の信者。高額献金で十分な食事を与えられないほど生活は苦しく、大学の学費に親族から支援された金も献金に消えた。昼夜問わずアルバイトをして家計を支え「生きていくことに必死だった」。
 事件後に献金強要などを否定する教団側の姿勢に憤り、ツイッター(現X)で声を上げ始めた。同様に被害を訴える2世とつながり、政府に被害救済を求める活動の先頭にも立った。

体罰や恋愛禁止「あらゆる可能性を狭められた」

 教団を離れ社会に出ても家族との断絶や周囲との価値観の違いに苦しみ、社会経験の乏しさから自立が困難な2世は多い。「2世には人生を取り戻し、自分で歩く力が必要なんです」
 被害を訴えるのは旧統一教会の2世だけではない。自身も仏教系2世の漫画家菊池真理子さんは22年10月、エホバの証人プロテスタント系などの2世の体験を描いた作品「『神様』のいる家で育ちました」を出版。体罰や恋愛禁止など、教団ごとに実態は異なるが「教義で生き方を決められ、あらゆる可能性を狭められた共通点がある」と話す。自身も「他宗教は邪教」と教えられ、布教活動などで心労を重ねた母親は自死した。
  2世は偏見を恐れ、孤立しがち。「当事者は近くにいるかもしれない。ひとごとと思わず、どんな苦しみを抱えているのか知ってほしい」と訴える。

◆深刻な人権侵害は安倍氏の事件で注目される前から

 宗教2世は特定の信仰を持つ親や宗教団体の下で、教義の影響を受けて育つ子どもを指す。上越教育大の塚田穂高准教授(宗教社会学)は「濃淡はあるが、伝統宗教なども含め国内に数百万人規模で広範に存在するとみるべきだ」という。
 その上で子どもに生きづらさや苦痛をもたらす「宗教2世問題」が注目された。塚田准教授は特徴として
(1)信仰や宗教活動の強制
(2)社会からの偏見
(3)教義上のタブーによる自由の制限

を挙げる。恐怖や脅迫を伴う教えや教団外での交遊禁止、体罰や医療拒否のケースもあり「深刻な人権侵害だ」と指摘する。
2世問題は安倍氏の事件を機に関心を集めたが、背景には長い歴史があり、社会の動きとともに変化してきた。

オウム事件以降、縛りが苛烈化した側面も

 高度経済成長期に都市への人口流入が進む中、新宗教が急速に発展。その後、入信者の子ども世代が誕生した。1970年代以降は教団の体裁をとらない宗教的なものや霊的なもの、精神世界に関心が高まり、教団宗教への新規入信は停滞。さらに95年のオウム真理教地下鉄サリン事件は、新宗教を中心に宗教団体への忌避感を増幅させた。塚田准教授はこうした背景や少子化の懸念から「教団内で信仰継承のため2世の存在が重みを増し、縛りが苛烈化した側面もある」とみる。
山梨県上九一色村(当時)に建設され、オウム真理教が「サティアン」と呼んだ教団施設(1995年1月撮影)

山梨県上九一色村(当時)に建設され、オウム真理教が「サティアン」と呼んだ教団施設(1995年1月撮影)

  2000年代以降はインターネットや交流サイト(SNS)の普及で、匿名で苦境を訴える2世が登場。安倍氏の事件後、当事者の発信が一気に広がった。塚田准教授は「虐待や家族問題への社会的認知も広がり、ようやく2世問題が受け止められるようになった」と話す。

◆被害を訴えても「宗教だから」と支援に壁

 子どもへの脅しや体罰は明確な児童虐待だ。だが多くの2世は、過去に学校や公的機関に被害を伝えても「宗教の問題だから」と消極的な対応を受けたと証言する。「宗教虐待」として扱うよう求める声もある。
 厚生労働省は22年12月、宗教に関係する児童虐待の対応方針を都道府県や市町村に文書で通知。2世を想定した初の虐待対応の指針で、通知では具体例を挙げ、児童虐待防止法の虐待4類型に当たる身体的、心理的、ネグレクト(育児放棄)、性的のどれに該当するかを示した。たとえば「地獄に落ちる」といった恐怖を刷り込んだ上での宗教活動の強制、進路や就労先の意思決定の妨げは心理的虐待やネグレクトに当たる。
旧統一教会の被害者救済に向けた特例法が可決、成立した参院本会議=2023年12月13日、国会で

統一教会の被害者救済に向けた特例法が可決、成立した参院本会議=2023年12月13日、国会で

 ただ、同法が対象とする加害者は保護者。教団によっては、組織的な虐待行為への関与や示唆が指摘されている。
 エホバの証人の2世の虐待被害を調査した弁護団は昨年11月、18歳未満で宗教活動に参加した560人のうち92%が「集会での居眠り」などを理由にムチ打ちの身体的虐待を受けたとし、81%がネグレクトに当たる「輸血拒否」の意思表示カードを持たされていたと公表。同弁護団は「全国で継続的、組織的に起きている」と主張する。
 同弁護団や児童福祉の専門家は「組織的虐待に対応する法整備が必要」と求める。一方、エホバの証人などは組織的な虐待や権利侵害があると認めていない。

◆相談者の半数が20~40代、メンタルの問題も

 2世に特化した支援は今までほそぼそと民間で取り組まれてきたのが実情だ。問題が注目される中、どのような対策が有効なのか、官民で模索が続く。
 電話やオンラインで2世の相談に乗る一般社団法人「陽(ひ)だまり」(神奈川県)では、窓口を開設した昨年3月から先月末の間、約330件の相談が寄せられた。相談者の56%が20~40代で、内容は家族関係が半数を占め、教団内外の人間関係、メンタルの問題も目立つという。
 約20年前からエホバの証人の2世支援に関わる同法人の秋本弘毅理事長は「2世が抱える問題は複合的。極端な宗教教育の下で育つと広い視野で思考しにくく、一般的なライフステージが築けていないだけに、教団を離れた後の方が問題が大きくなりやすい」と強調する。

◆2世救済には限定的な新法、ワンストップでケアを

 旧統一教会の問題を巡って政府は、昨年末までに不当献金防止と教団の財産監視のための新法を成立させたが、2世救済に効果は限定的だ。先月ようやく他教団も視野に入れた2世の子どもや若者への相談支援の強化策を決定した。関係省庁でそれぞれスクールカウンセラーの配置拡充、住まいや修学・就労の相談対応を進める方針だ。
 秋本理事長は「行政や民間の既存の資源を生かせば解決できることは多い」とした上で「複雑に絡み合う当事者の問題を分解して整理し、優先順位を付けて個々の具体的支援につなげられるよう、ワンストップ型の中間支援が必要だ」と訴える。