ハンセン病家族補償 肉親と名乗れる社会こそ(2024年4月29日『熊本日日新聞』-「社説」)

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ハンセン病家族訴訟の熊本地裁判決が確定し、「勝訴確定」の垂れ幕を掲げる原告団=2019年7月12日、東京・永田町
 
 「肉親を肉親として名乗ることができる、人として当たり前の社会をつくる努力をしていくべきだ」-。国の隔離政策でハンセン病患者本人だけでなく家族も深刻な差別被害に遭ったとして、熊本地裁が国に賠償を命じた2019年6月の判決を受けた、当時の熊日社説の訴えである。
 それから約5年、いまだ「当たり前の社会」の実現が遠いことを浮き彫りにしたのではないか。ハンセン病の元患者家族に最大180万円を支給する家族補償法に関し、想定よりも支給済みが大幅に少ないとして、超党派の国会議員団が補償金の申請期限を5年延長すると申し合わせた。今国会中の関連法改正を目指すという。
 家族補償法は前述の熊本地裁判決確定を受けて議員立法で成立。申請期限は今年11月21日となっている。しかし、厚生労働省によると、今月時点で支給が決まったのは約8千人で、国の想定の3分の1ほどにとどまっている。当事者や弁護団は、周囲の偏見を恐れて申請をためらう人がいるとして期限延長を求めていた。
同様に「人生被害」
 家族訴訟では、原告のほとんどが匿名で参加した。結婚、教育、就職などでの家族に対する差別被害が審理で改めて明らかになり、熊本地裁は判決で、国の政策で家族関係が壊され、家族も偏見差別を受ける社会構造も形成されたと指摘。広範囲に及んだ被害を、元患者本人に対する01年の熊本地裁判決と同様に個人の尊厳にかかわる「人生被害」とし、その被害を防ぎ回復させる義務を国は怠ったと批判した。
 また、隔離政策見直しの遅れだけでなく、1996年の「らい予防法」廃止後も、国民への啓発など、国が十分な偏見差別除去の措置をとってこなかったことも、過失と認めた。
 この判決を受けて、補償法の成立に加え、ハンセン病問題基本法も家族を含めた差別解消を図るよう改正。国も啓発などを強化する政策を掲げた。
効果上がらぬ啓発
 しかし今月、厚生労働省が公表した全国意識調査では、ハンセン病元患者や家族の「身体に触れる」ことに対し18・5%、自分の家族との「結婚」に21・8%の人が、抵抗を感じると答えた。啓発が思うような効果を上げていないことは明らかだ。家族補償の支給が進まない背景には、このような残念な社会実態がある。
 国が設置した有識者検討会は昨年3月、啓発のあり方などを提言する報告書をまとめた。この中で検討会は、偏見差別を解消する責任が国にあるとの基本認識を国民と共有した上で、関係省庁が連携して継続性のある施策を実施するよう主張。その具体策として、ハンセン病に関する人権教育や啓発活動を一元的に担う国立センターの創設などを提言した。
 国行政や国会は単なる申請期限の延長だけでなく、こうした根本策の検討も早急に進めるべきである。
熊本県をモデルに
 報告書は加えて、啓発や相談体制の充実など地方公共団体の取り組みの推進も求めている。
 熊本県は、ハンセン病問題相談・支援センター「りんどう」を20年に熊本市に開設。家族補償についても実績を重ねているが、全国的には同様の専門相談窓口は他に大阪府沖縄県にしかない。
 前述の意識調査で熊本県民は、ハンセン病療養所がある地域の中でも病気について正しい印象を持った人の割合が特に高く、菊池恵楓園(合志市)入所者と連携して官民で積み上げてきた啓発・教育活動が効果を上げていることがうかがえた。
 国にはこのような熊本県での取り組みをモデルに、全国に広げるような後押しも求めたい。