株価が約34年ぶりの高値になったと言っても、どれだけの人に好景気の実感があるだろうか。日本経済は長い低迷のトンネルを抜けつつあるのかもしれないが、ようやく再生のスタートラインに立ったにすぎない。企業は賃上げや、さらなる生産性のアップに努めてもらいたい。成長の真価が問われる。
先週末22日の東京市場で、日経平均株価の終値は3万9098円となり、バブル経済期の1989年12月の記録を上回った。22日の取引時間中には一時3万9156円をつけ、いずれも史上最高値を更新した。
バブル経済が崩壊し、90年代以降の日本経済は低迷に沈んだ。経営危機に直面した多くの企業は雇用や賃金を抑え、消費は停滞し、モノの値段は下がり続けた。
平均株価も下落基調に転じ、リーマン・ショック後の2009年3月10日には終値としてバブル後の最安値となる7054円を記録した。12年に当時の安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」が始まったのを機に上昇基調を取り戻し、13年に日銀が導入した大規模な金融緩和策も株価を支えた。
現在の株高の要因には、新型コロナウイルス禍からの経済活動の回復がある。円安が自動車など輸出関連産業の利益を膨らませ、海外の投資家らの「日本買い」を促進した。日本株の売買額のうち海外投資家の割合は約6割を占める。不動産不況に見舞われた中国市場の低迷もあり、投資マネーが中国から日本へシフトした。米国経済の堅調や半導体需要への期待も株価を押し上げている。
国内の上場企業を中心とした企業業績は堅調だが、恩恵は国民の隅々に行き届いているだろうか。実際に、国内の個人消費は不振から脱していない。燃料や穀物の輸入価格上昇で始まった物価高に、賃上げが追いついていないのだから当然だ。大手企業は今春闘で大幅な賃上げに動いているが、中小にどこまで広がるか不透明だ。
主要企業の収益増と賃上げ機運の高まりに、市場はデフレからの脱却と景気の好循環の兆しを感じ取っているのだろう。企業は取り組みを着実に広げていく必要がある。特に労働者の7割を占める中小企業に波及させることが不可欠だ。地方経済の疲弊は深刻だ。能登半島地震の影響も懸念される。国内の人口減少に歯止めはかかっておらず、働き手の確保が大きな課題だ。企業は稼ぐ力をさらに磨き、脱炭素など新たな成長分野の開拓に乗り出してほしい。
株価上昇の一方で、岸田内閣の支持率は最低レベルに落ちている。国民の生活実感向上へ確かな手を打てないどころか、派閥の裏金問題などで足踏みする政治への世論の失望を表しているようだ。
株価が史上最高値になったとはいえ、34年前の水準に戻っただけであることを忘れてはならない。同じ間に米国の平均株価は14倍、ドイツは9倍、韓国は3倍近くになっている。日本経済の実力が試されるのはこれからだ。
浦島太郎(2024年2月26日『熊本日日新聞』-「新生面」)
助けた亀に連れられてきた竜宮城で、乙姫様とタイやヒラメの舞い踊りを楽しんで数年を過ごした後、ふるさとへ帰ると数百年がたっていた。ご存じ『浦島太郎』である
▼もしも亀が光速近くで飛ぶ宇宙船であったなら-と、想像を海の底ではなく天空へと向ければ、おとぎ話ではないらしい。アインシュタインの特殊相対性理論では、物体が高速で移動するほど時間の進み方は遅くなるとされる。その名も「ウラシマ効果」というそうだ
▼先週末の東京株式市場で、日経平均株価が史上最高値を付けた。喜ばしいニュースではあるけれど、考えてみれば1989年の水準をやっと取り戻しての再出発である
▼米欧の市場は34年前と比べると、米国の14倍を筆頭に軒並み日本とは次元の違う右肩上がりを続けている。日本は実質賃金も昨年12月まで21カ月連続マイナスと、株価以上にさえない。バブルに舞い踊ったとはいえ、亀にも宇宙船にも乗った覚えはないのに、何でこんなにも世界経済の流れに取り残されたのか
▼一昨日のTSMC熊本工場の開所のニュースでも、かつての国内半導体産業の隆盛ぶりを知る世代の中には、同様の感想を抱いた向きもあったことだろう
▼開所式に出席したTSMC創業者の張忠謀氏は、「日本の半導体生産のルネサンス(復活)の始まりと信じている」と、前向きなメッセージを発していた。その言葉通り、世界最先端を走る海外企業進出を、浦島太郎とは逆に、日本経済が若々しさを取り戻す玉手箱としたいものだ。