肥満薬をダイエットに使わないで! 約30年ぶり発売の新薬「ウゴービ」潜むリスクは…同じ作用の薬でトラブル(2024年2月23日『東京新聞』)

 デンマークの製薬会社ノボノルディスクファーマが開発した肥満症治療薬「ウゴービ」が22日、発売された。保険適用の肥満症薬としては、1992年以来の新薬となる。肥満に関連する高血圧や糖尿病などの改善に期待が寄せられる一方、同じ作用の薬が「やせる薬」として本来の目的以外に使用され、問題となっている。若い女性だけでなく、現代人の「やせ信仰」は根深いようだ。(宮畑譲)

◆「強い薬、専門医の下で正しく使わないと健康被害も」

 血糖値を下げるほか、中枢神経に働きかけて食欲を抑える働きもある新薬「ウゴービ」。使用できるのは、高血圧、脂質異常症または2型糖尿病のいずれかがあり、食事・運動療法を行っても十分な効果が得られないといった条件に当てはまる人に限られる。
ノボノルディスクファーマ社の新薬「ウゴービ」の公式ホームページを表示するパソコン画面

ノボノルディスクファーマ社の新薬「ウゴービ」の公式ホームページを表示するパソコン画面

 皮下注射で週1回投与し、少しずつ量を増やす。最大1カ月で約4万円かかる。68週間まで使用できる。日本肥満学会理事で群馬大生体調節研究所の北村忠弘教授は「高い効果が期待される久しぶりの新薬だ。社会的なインパクトは大きい。一方、これまでなかなか開発されてこなかったのは、同種の薬に精神的な副作用などがあったからだ」と話す。
 ウゴービの副作用には、吐き気、低血糖や急性膵炎(すいえん)などが挙げられる。北村氏は「強い薬でもある。専門的な知識のある医師の下で適切に使用しなくては、健康被害が出る懸念もある」と指摘する。
 厚生労働省も昨年、使用ガイドラインを作成。一定の専門性がある医師がおり、副作用にも対応できる医療機関で使用するべきだとした。さらに、「肥満症以外での痩身(そうしん)・ダイエットなどを目的に本剤を投与してはならない」と警告する。

◆美容目的に糖尿病薬が使われ

 しかし、ウゴービと同じような作用のある糖尿病薬が美容目的に使用され、問題となっている。
 日本医師会は昨年10月、糖尿病薬の適応外使用に注意を呼びかけた。副作用のリスクを踏まえ、なお治療に効果が期待できる場合に使用するべきだとし、減量目的の使用でリスクが上昇した海外の報告を紹介。「『やせ薬』として不適切に使用されている実態がある」との見解を表明した。また、「ダイエットのための使用で、(本来必要な)糖尿病患者に処方できない」との状況も問題視した。
 また、国民生活センターも昨年12月、ダイエット目的のオンライン診療で、説明が不十分なまま糖尿病薬が処方されるといったトラブルが相次いでいると発表した。「問診が不十分なまま強く勧められた」「他の薬との飲み合わせや副作用の説明がなく、キャンセルもできない」といった相談があったという。
痩身目的で大量の薬が処方されるトラブルに注意を呼びかける国民生活センターのウェブサイト

痩身目的で大量の薬が処方されるトラブルに注意を呼びかける国民生活センターのウェブサイト

 こうしたトラブルが起きるのも、やせたいと願う人の多さの表れか。若い女性が過剰なダイエットで健康を害す危険性や、やせていることが美しいとする「やせ信仰」は以前から批判されている。

◆根深い現代人の「やせ信仰」

 ただ、日本大の中村英代教授(社会学)は「やせたいという願望は若い女性だけでなく、男女とも幅広い世代にある。もはや現代人の病だ」と指摘する。見た目や学歴、所得の多寡による評価は不適切だと、表向きには否定されているが、「実際は目に見えない評価に満ちた、値踏み合いの社会。そういう社会に必死で合わせ、追い詰められる中で、太っている自分が許せなくなる人がいる」と信仰の根深さを語る。
 根源にある、息苦しさを和らげる方法の一つとして、中村氏は無条件に人を受け入れる場が大切だと強調する。
 「身近な人の中に弱音、愚痴を言える、否定されない関係をつくっておく。弱い自分をさらけ出せる場所が人には必要だ」