災害犠牲者の氏名 原則公表の議論を始めよ(2024年2月19日『山陽新聞』-「社説」)

 災害が起きた際、亡くなった犠牲者の氏名の公表をどうするのか。今回の能登半島地震でも問われた課題だ。

 災害時の死者や行方不明者、安否不明者の氏名を公表するかどうかについて、基準や公表する主体を定めた法律はない。個人情報保護との兼ね合いで、自治体によって対応が割れてきた。

 安否不明者の氏名公表問題では、2015年の鬼怒川水害で茨城県常総市が非公表にしたことで確認が遅れ、生存している人を捜し続けた。この教訓から岡山県は原則公表の方針を決め、18年の西日本豪雨で迅速に対応した。多くの生存情報が寄せられ、捜索対象を絞り込めた。これを参考に21年の静岡県熱海市の土石流災害でも、大勢の所在が確認できて捜索に役立った。

 こうした経緯を受けて国は23年3月、安否不明者の氏名について、ドメスティックバイオレンス(DV)やストーカーの被害者などを除き、家族の同意がなくても原則公表するとした自治体向けの指針を示した。一方、犠牲者の氏名公表については「死者は個人情報保護法の対象外」として扱わなかった。

 これに対し全国知事会は、死者と行方不明者についても考え方を示すように国に求めている。公表問題の焦点は、主に死者をどう扱うかに絞られてきたと言えよう。

 岡山県の公表方針では、安否不明者と行方不明者については公表を原則とし、死者は遺族の同意を条件とする。県は先日まとめた新たな地域防災計画にこの方針を盛り込んだ。能登半島地震の被災地の石川県をはじめ、同様の対応をしている自治体は多い。

 ただ、今回のように大規模な災害では、遺族の同意が必要なことで行政の手が回らず公表が遅れる事態が生じる。遺族の避難先を捜すのは困難を伴い、遺族のだれに同意を取ればいいのかも問題だ。

 死者の氏名が公表されなければ、親族や知人らが安否を確認することが難しい。自治体などへの問い合わせが殺到すれば混乱も招くだろう。最大32万3千人が死亡すると想定されている南海トラフ巨大地震での適切な対応は、不可能と言えるのではないか。

 全国知事会は死者らの氏名公表には「公益性」があると指摘。実名公表することで国民の知る権利に応え、災害の教訓をリアルに後世に残すことにつながるとの考え方も示している。匿名ならば報道機関などの取材は難しく、結果的に災害の風化を早める恐れが強まる。死者の公表によって捜索の終了が確認でき、次の対応に進めた事例もある。

 神奈川県は、遺族の同意なしに「原則速やかに公表」がルールだ。遺族らから公表を望まない強い意向があれば検討する。黒岩祐治知事は「匿名では何が起きているのか分からなくなる。そういう社会はよくない」と語る。

 死者の氏名公表も国主導で議論を始めるべきだろう。