システムの危うさ(2024年2月19日『山陽新聞』-「滴一滴」)

 芥川賞作家の藤原智美さんがフィットネスクラブでの体験を著書に書いている。受付で会員証を示すと、係の人が女性用ロッカーの鍵を渡してきた。自分はどう見ても中年男性なのに

▼理由は想像がついた。係の人はパソコン画面の名前を見て瞬時に女性と思ったらしい。それにしても女性用の鍵を渡されたのは4度目。画面に意識を奪われ、目の前の人間を見ようとしない。そんな社会を藤原さんは嘆く

▼画面上のデータを信じるあまり、とんでもない事件が英国で起きた。郵便事業で四半世紀前から窓口で集めた現金と会計システムの残高が合わないことが多発した。窓口業務を担う人が横領を疑われ、700人超が罪に問われた。自殺に追い込まれた人もいるという

▼間違っていたのは会計システムの方だった。システムを手がけた富士通が先月、英国議会で謝罪する事態になった。早い段階から富士通はシステムの欠陥を把握していたとの証言もある。なぜ放置したのか。英国政府が設けた調査団が調べている

▼現地では元日からこの冤罪(えんざい)事件を巡る民放ドラマが放送されて反響を呼んでいる。スナク首相は有罪判決の取り消しや補償に向けた新法の検討を表明した

▼生身の人間と、便利さを求めて人間が構築したシステム。その上下関係がいつしか逆転する社会の危うさを突きつけられる。