「なぜこの記事はここから先を書いていないのか」元新聞記者だからわかる「新聞報道の裏側」が語ること(後編)(2024年8月6日『現代ビジネス』)

70年にわたる戦後警察の歴史を描いたクロニクル「日本の警察」シリーズ完結。バブル経済、失われた30年、相次ぐ大災害、崩壊する戦後システム――平成という時代を、元新聞記者である作家の堂場瞬一さんはどう見たのか。

【聞き手・構成】宮田文久

前編はこちら

「昭和」と「平成」の雰囲気の違い

──「日本の警察」シリーズ昭和編の二人の刑事の息子たちもそれぞれ捜査一課と公安一課の刑事になり、昭和最後の1日から平成へと突入していくシリーズ第4作『鷹の系譜』が始まります。

堂場平成編のほうが、登場人物たちの性格が柔らかいですよね。いや、一般的な社会人に比べれば刑事としての硬さというものはあるかもしれませんが、それにしたって昭和編の刑事たちの、常にカリカリしていて、何かあったらすぐカッと頭に血が上るような感じはない(笑)。

シリーズ全体で七十年近い期間について書いていますから、そのときどきの人々がもつ雰囲気の違いや変化といったものは出せたかな、と感じています。

──完結編『鷹の飛翔』まで来ると、喋り方も含めて「最近の人たち」の空気ですよね。

堂場殺伐とした捜査一課の面々でさえ、どこか柔らかさを感じさせますからね(笑)。昔のように猛烈に仕事に打ち込むのが人生のすべて、という風潮ではなくなっていますし。それこそ働き方改革が叫ばれるようになったのは『鷹の飛翔』の後のことですから、いまはもっと空気が柔らかくなっている可能性もあります。

あまりに激しい戦後日本の「変化」

写真:現代ビジネス

堂場2025年には戦後80年を迎えますが、改めて考えてみれば、この間の日本社会の変化には、ものすごいものがあると思います。平成30年は「明治150年」に当たる年でしたが、その期間を半分で区切れば、図らずもほぼ昭和20年の終戦で前後に分かれる。

たしかにその前半分、近代化を進めていった社会の変化も大変なものだったでしょう。けれどもやはり残りの半分、「日本の警察」シリーズで書いてきた時期に相当する、今日に至るまでの日本の変わり方は、あまりに激しいものがある。だからこそ、時代ごとの空気の違いは出しやすかったのかもしれません。

──平成編においては、公安の役割も激しい変化にさらされます。極左勢力の思想活動が地下化し、高齢化に伴って衰弱していくことによって、公安の存在意義自体が問われていきますね。

堂場公安の長い歴史のなかで、「捜査対象が著しく弱体化する」ということは、少なくとも平成の頭ぐらいまでは想定されていなかったはずです。それなのに、対象側がどんどん勢いを失っていき、公安という組織自体がまるで宙に浮いてしまうような状況さえ生まれていった……というのが平成編の見立てですね。

──とはいえ、海老沢利光を筆頭にした公安の人々は、しぶといですよね。

堂場そうですね(笑)。彼らなりに必死に新たな役割を探している、というところは描き込もうと思いました。それは組織の延命という面がないわけではないですが、とはいえ公安の「正義」自体が時代と共に変わっていくことを本懐としているならば、変化を恐れてはいけないだろう、と。

「失われた30年」は誰のせいか
──時代は平成に入り、警察官になった高峰・海老沢の息子たち世代が主役となる平成編第1作『鷹の系譜』です。

堂場「日本の警察」シリーズ中、実社会での出来事に最も寄せた作品だと思います。そもそも昭和天皇崩御の日から始まる小説ですから。

昭和38年生まれの私は当時、20代後半に差し掛かった頃。自分の体験を直接反映してはいませんが、自粛ムードが明けてのバブル期の空気も含めて、生々しい記憶がある時代です。

──不動産営業マンが撲殺される事件から物語は始まります。高級マンションに住み、愛車はポルシェとバブリーな生活を送っていた被害者には、極左の過去があることがわかり……。

堂場このインタビュー中もっとも厳しいことを言ってしまいますが、「この時期から『失われた30年』へと日本社会を引きずり込んだのは、あなたたち団塊の世代なのではないですか?」という、私のシビアな思いが込められた作品です。バブル崩壊以降の長きにわたる低迷は、日本にとって無駄な時代だったのではないか、と思えてならないのです。

鷹の系譜

昭和天皇崩御の日に起きた殺人事件。高級マンションに住みポルシェを乗り回す被害者に見え隠れする、極左の過去。バブル景気に浮かれる世で、思想活動は衰退の一途をたどる。その交錯点で起きた事件を若き二人の刑事が追う。

【同時代の主な出来事】昭和天皇崩御 バブル景気 天安門事件 ベルリンの壁崩壊

小説は未来を予見してしまう
──そして平成ミレニアム編『鷹の惑い』へ突入します。

堂場2000年問題、懐かしいですねえ。新聞社で働いていましたから、世界中のコンピューターが誤作動を起こして何か事件や事故が起きるのではないかと、2000年になる瞬間には多くの同僚と一緒に職場に泊まり込んでいたものでした。何も起きませんでしたけれど……(笑)。

──行方が知れなかった極左の最高幹部が突然仙台に現れ……という場面から始まります。2023年月の刊行から数ヵ月後、東アジア反日武装戦線の桐島聡が発見され、世に衝撃を与えました。予見的な小説です。

堂場いやいや、ただの偶然なのですが……ただ、彼が晩年に姿を現したということは、たしかに『鷹の惑い』で描いたことと通じる部分はあるんです。小説ってそういうところがありますね。小説では「亡霊」という言葉を用いましたが、公安一課の捜査対象はほとんど「亡霊」と化しており、それが思わぬタイミングで回帰してくる、という話になっています。

彼らが「亡霊」となるのは、もちろん高齢化もありますが、これも作中に書いたように、オウム真理教事件に対して警察が徹底的に対応した結果、極左勢力もまた動きづらくなったということがあるのでしょう。オウム真理教事件についてはまだ自分の中でも咀嚼できていませんが、一つの時代を大きく画した事件だったことは間違いありません。

鷹の惑い

21世紀に沸く平成日本。極左の最高幹部が突然仙台に現れ、公安に衝撃が走った。身柄の移送を担当した公安一課の海老沢は警察官人生最大の失敗を犯す。一方、捜査一課の高峰は殺害された元代議士秘書の身辺を探る。

【同時代の主な出来事】阪神淡路大震災 地下鉄サリン事件 アメリ同時多発テロ 2000年問題

 

現代の「孤独な暴走」を止めるのは
──まさに公安の意義や存続さえも問われる流れのなかで、最新作『鷹の飛翔』をもってシリーズ完結となります。

堂場海老沢は目黒中央署の署長、高峰は捜査一課理事官。共に定年を目の前にして、最後の事件に挑むという構図です。

──東日本大震災の翌年、複数の殺人事件の容疑者として、シリーズを通じて公安が向き合ってきた捜査対象が浮かび上がってきます。かつ、安倍元首相銃撃事件のような、思想信条とは別の動機による個人によるテロリズムの時代の空気も、作中でほのめかされていますね。

堂場安倍元首相銃撃は、インターネット時代の凄惨な犯罪という気はしますね。もうすこし遡れば、平成20年の秋葉原通り魔事件ぐらいから続く空気のように感じます。もはや集団で何かをしようという時代ではなくなった、といえばいいのでしょうか。

しかし、公安としてはまたここで難題に突き当たるのだと思います。その孤独な暴走を止めるのは果たして公安なのか、という問題です。政治家が狙われるのであれば公安マターといえそうですが、すべてそのように対応できるのか、誰にもはっきりとはわからない。

海老沢はそうした時代における公安の未来について、なんとか答えを出そうともがいていますし、作者の私も小説のタイトルは『鷹の飛翔』と明るいものをつけました。とはいえ、前途洋々とも決していえない。彼らの模索は、これからも続くはずです。

鷹の飛翔

東日本大震災の翌年、2012年夏。都内で起きた4件の殺人。被害者は全員、4半世紀前の都内飛翔弾事件の容疑者だった。同一犯か、別個の事件なのか。そして犯人の動機は? 激変する時代に翻弄される二人の刑事は最後の戦いに挑む。

【同時代の主な出来事】東日本大震災 福島第一原発事故 アベノミクス始動 特定秘密保護法制定

元記者だからわかる新聞記事の「裏」

写真:現代ビジネス

──こうして平成へと時代がくだってくると、読者の側も自分が生きてきた、あるいは生きている時代と作品世界がシンクロするような感覚を抱きます。堂場さん自身は、日頃ニュースなどを目にしながら、どのように時代や社会のありようを摑まえているのでしょうか。

堂場私は新聞記者出身ということもあって、いまも日々の世の動向は、主に新聞を通じて追っています。ただ、逆に新聞報道の現場を知っているからこそ、「なぜこの記事はここから先を書いていないのか」といった事情に関しても、なんとなく推測できるところがあるんですよ。

たとえばまだ犯人が捕まっていない事件の報道のことを考えてみましょうか。現場の記者がかなり真相に近いところまで摑んでいたとします。しかしそれを先に報道で出してしまったら、犯人に読まれて逮捕を邪魔してしまうかもしれない、という事態は往々にしてありえます。そこを抑えて書こうとすると、記事がどこか途中で打ち切ったようなものになる。私は記事を読めばそのあたりの察しがつくので、逆に書かれていないことへと想像を広げていくんです。そうしたひとつひとつの情報のインプットや想像が、フィクションとしての小説の種となっていくこともありうるわけです。

実際の事件や出来事などをどのように参照するか、あるいはどれだけ距離をとるのかといったところは、シリーズ中の作品ごとにいろいろな判断がありました。小説だからこそ書くことができることもあれば、書くのが難しいこともありますから。

──やはり、歴史というものへの問いと関心が、堂場さんがこのシリーズを執筆した大きな原動力となっているのですね。

堂場はい。「日本社会はいったいどのような歩みを刻んできたのか」を問い続けたシリーズです。警察という組織、そこに属してきた2組の家族、そして日本社会。そうしたさまざまな歴史の流れに彩られたシリーズであり、結果としてひとつのクロニクルになりました。

もちろんフィクションではあるのですが、ある種の「記録」として書くことができたのではないか、と作者としては実感しています。

堂場瞬一(どうば・しゅんいち)

1963年茨城県生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。新聞社勤務のかたわら小説を執筆し、2000年『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞。2013年より専業作家となり警察小説、スポーツ小説など多彩なジャンルで意欲的に作品を発表し続けている。近著『ルーマーズ 俗』『守護者の傷』『ロング・ロード 探偵・須賀大河』のほか、「日本の警察」「警視庁総合支援課」「警視庁追跡捜査係」「ラストライン」各シリーズなど著書多数。

宮田 文久(フリーライター・編集者)