年金の財政検証に関する社説・コラム(2024年7月4日)

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年金財政検証/担い手増やし安心高めよ(2024年7月5日『神戸新聞』-「社説」)
 
 厚生労働省公的年金の健全性を5年に1度点検する財政検証の結果を公表した。今後の経済成長や人口変動の予測に基づき、100年先までの年金収支や給付水準を試算し今後の課題を探る狙いがある。
 結果は前回2019年より改善が見られた。要因は女性や高齢者らの就労が進み、保険料収入が増加すると見込んだことなどが挙げられる。 ただし試算の対象は厚生年金に加入する夫と、保険料を納めず国民年金(基礎年金)を受け取る専業主婦の「モデル世帯」だ。自営業者や単身世帯など厚生年金に加入せず国民年金だけに頼る人には心もとない。
 公的年金国民年金と厚生年金の2階建てとなっており、全体の底上げのためにも国民年金の拡充が急がれる。高齢化や人口減少が加速する中、働き方や家族構成にかかわらず安心して老後を過ごせるよう、制度改
 財政検証では現役世代の手取り収入に対する年金額の給付水準である所得代替率を試算する。経済成長が標準的なケースで、モデル世帯の代替率は24年度の61・2%が33年後に50・4%に低下するが、法律で定める50%は維持される。前回の検証では28年後に50%を割り込んだ。
 
 小規模事業所や短時間労働者などに厚生年金の対象を拡大した場合についても四つのケースで試算し、いずれも代替率を押し上げる効果があった。労使双方に保険料負担が生じるが、長く働くほど年金が増え、人材確保にもプラスとなる点に理解を求め、実現につなげてもらいたい。
 厚労省は自営業者らが加入する国民年金について、保険料の納付期間を5年延長して64歳までとする案を検討してきた。実施した場合の給付額は毎年10万円増え、代替率は約7ポイント前後の上昇となる。
 しかし厚労省は他の手法でも代替率上昇は見込めるとして、今回は見送りを表明した。納付期間を延ばせば自営業者らの保険料負担が約100万円増え、財源となる巨額の公費確保も必要となる。低迷する内閣支持率を考えれば、負担増への反発に耐えられないと判断したのだろう。
 想定より少子化が加速しているにもかかわらず、今回の財政検証出生率の上昇を前提としている。下落が続く実質賃金も、今後は増加すると見込む。年金の持続性を強調するため楽観的に数字をはじいたと批判されても仕方あるまい。政府が「100年安心」を掲げても、これでは国民は安心できない。
 少子化を食い止め、賃金上昇をもたらす施策を講じるとともに、年金の担い手を増やして国民全体の安心を高めるため、誰もが働きやすい社会を実現することが重要だ。

年金の財政検証 支え手を増やし信頼高めたい(2024年7月4日『読売新聞』-「社説」)
 
 少子化に歯止めがかからず、年金制度の支え手は減る一方だ。制度を安定的に運営していくためには何が必要か。
 早い段階から対策を検討し、国民の信頼を高めていかなければならない。
 厚生労働省が5年に1回行っている公的年金財政検証を公表した。経済見通しなどを踏まえて将来の年金額を推計し、今後の課題を見定める狙いがある。
 会社員の夫と専業主婦の妻が共に65歳に達した世帯をモデルケースとし、夫婦が受け取る年金額が、平均的な現役男性の手取り収入と比べて「50%超」を維持できるかどうかが検証のポイントだ。
 それによると、経済成長率の平均がマイナス0・1%と仮定した場合、2060年度の年金支給額は50・4%(月21万4000円)となった。平均の成長率が1・1%の場合には、57・6%(月33万8000円)に増えるという。
 現在は現役男性の平均手取り収入が月37万円で、年金支給額はその61・2%(月22万6000円)となっている。財政検証では、将来の支給水準は61・2%を下回ることになるが、法律で定める「50%超」は確保できる見通しだ。
 5年前の検証では、最も成長率が高い想定でも年金支給額は51・9%にとどまっていた。
 将来見通しが5年前より好転したのは、女性や高齢者の就労が進み、働く女性などが年金に加入して保険料を負担する人数が増え、年金財政が改善したことが影響したようだ。また、最近の株高で年金積立金の運用も好調だった。
 ただ、財政検証はあくまでも試算にすぎない。
 政府は、自営業者らが加入している国民年金について、保険料の納付期間を5年延長して64歳までとすることを検討していた。
 だが、厚生年金に関する将来予測が想定以上に良好だったため、国民年金についての新たな負担増に反発が強まることを警戒し、見送る方針だという。
 確かに、納付期間が5年延長されれば、計100万円の保険料負担が生じることになるが、一方で将来受け取る国民年金は年10万円程度増えるとされている。
 年金制度は老後の生活を支える基盤だ。政府は制度の安定を図る意義を丁寧に説明し、負担についての理解を求めていくべきだ。
 夫婦共働きの世帯が増える中、財政検証のモデルケースは実態に即していないという指摘がある。現役世代の関心を高めるため、世帯像を検討し直してはどうか。 

年金は甘い見通しに頼らず改革進めよ(2024年7月4日『日本経済新聞』-「社説」)
 
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厚生労働省は年金の財政検証結果を社会保障審議会年金部会に報告した(3日、東京都内)=共同
 
 この内容をもって制度改革の必要性が低下したと考えるのは間違いだ。厚生労働省が公表した年金財政の検証結果のことである。
 年金の財政検証は2004年の年金改革法によって原則5年に1度の実施が義務付けられている。厚生年金・国民年金の超長期の年金給付水準を推計し、老後保障の将来像を示す重要な作業だ。
 今回の検証は19年の前回検証に比べて将来の年金水準が底上げされる結果となった。女性や高齢者の労働参加が進んだほか、株高を背景に積立金の運用も好調で年金財政が改善したためだ。
 夫が会社員、妻が専業主婦だった高齢夫婦をモデル世帯に、4通りの経済シナリオを置いて年金の給付水準を推計した。年金の水準は、男性会社員の平均手取り所得に対する世帯の年金額の比率を所得代替率として示している。
 それによると、最も悪い経済を想定した「1人当たりゼロ成長ケース」を除いた3通りのケースで所得代替率が将来にわたって政府目標の50%を上回るという。
 前回検証は6通りの経済シナリオの半数で所得代替率が50%を割る厳しい結果だった。前提の置き方が異なるとはいえ、5年で年金の状況が改善したのは確かだ。
 最も寄与したのは労働参加の拡大である。共働きが広がったほか報酬比例部分がある厚生年金が適用されるパートタイム労働の女性が増えた。60歳以降に会社員として保険料を納めながら働く動きも広がり、年金制度を支え、老後に備える力が強まった。厚生年金の加入者を増やす改革の有効性を強く認識させられる内容だ。
 ただし、まだ万全な制度にはほど遠い。労働参加の拡大や株高が今後も続く保証はない。何より今回の検証は出生率の長期予測を中位推計で1.36としており、23年に1.20まで急落した足元の出生動向とかい離し、甘さがある。
 厚労省は今回の検証を踏まえ、基礎年金の保険料納付期間を5年延長して45年間とする改革は見送る方針だが、あまりに楽観的ではないか。負担増への国民の反発を恐れて易(やす)きに流れ、改革を先送りするのなら問題だ。
 年金の最低保障機能が弱いという積年の課題は放置され、少子高齢化対策として04年改革で導入した給付抑制措置を物価低迷時に発動しない欠陥もある。政権は国民に痛みを求める改革から逃げずに年金の持続力を高めるべきだ。