優生保護法のもとで障害などを理由に不妊手術を強制された人たちが「戦後最大の人権侵害で憲法に違反していた」として国に賠償を求めている5つの裁判で、最高裁判所大法廷は3日に判決を言い渡します。最高裁は統一的な判断を示す見通しで、「時間の壁」とも呼ばれる除斥期間についてどのように判断するか、注目されます。

優生保護法のもとで障害などを理由に不妊手術を強制された全国の人たちが国に賠償を求めた裁判のうち、札幌、仙台、東京、大阪の高等裁判所で判決が出され、上告されている5件について、最高裁判所大法廷は3日午後に判決を言い渡します。


ことし5月に開かれた弁論で、原告側は「旧優生保護法不妊手術は障害者を『不良』と決めつけ、子孫を残さないために強制的に行われたものだ。戦後最大の人権侵害で、憲法に違反していた」などと主張し、国は「不法行為から20年がたち除斥期間が過ぎているので賠償を求める権利がなくなっている」などと反論しました。

この5件の裁判で、高等裁判所はいずれも「旧優生保護法憲法に違反していた」と認めましたが、このうち4件が国に賠償を命じたのに対し、1件は「除斥期間」が過ぎたとして訴えを退けました。

3日の判決では最高裁が統一的な判断を示す見通しで、およそ2万5000人の不妊手術の根拠となった旧優生保護法憲法違反と認めるかどうか、「時間の壁」とも呼ばれる除斥期間についてどのように判断するかが焦点です。

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裁判の2つの焦点・原告側と国の主張

【焦点1】旧優生保護法憲法違反か
最高裁判所の判断で注目されるのは、旧優生保護法憲法に違反していたかどうかです。

原告側は障害者などへの強制的な不妊手術を認めていた旧優生保護法について、「国は障害者らを差別し、人としての尊厳を否定した。優生手術によって子どもを産み育てるかどうかを自分で決められず、体を傷つけられた」などとして平等権や個人の尊厳などを保障する憲法に違反していたと主張しています。

一方、国は旧優生保護法憲法違反かどうかについて、これまで一切、主張していません。

最高裁が法律の規定について憲法違反だと判断したのは、戦後12例しかなく、今回どのような判断になるか注目されます。

【焦点2】「除斥期間」が適用されるかどうか
もう1つの焦点は、不法行為から20年が過ぎると賠償を求める権利がなくなるという「除斥期間」が適用されるかどうかです。

原告側は「国が旧優生保護法に基づく施策を推進したことで偏見や差別が浸透し、原告たちは被害を認識することが困難な状況だった。『除斥期間』を適用することは著しく正義・公平の理念に反する」として、不妊手術から時間がたっていても損害賠償を求めることができると主張しています。

一方、国は「旧優生保護法で手術が行われていたことは公にされていたのだから、当事者が損害賠償を求めることができなかったとは言えない」と反論しています。

また、不妊手術を受けた人たちに一時金を支給する法律が施行されたことを踏まえ、「国会が問題解決の措置を執ったのに、裁判所が判例を根本的に変更して解決を図ることは裁判所の役割を超えている」と主張しています。

除斥期間」は「時間の壁」とも呼ばれ、最高裁が例外を認めた判決は2例しかありません。

声を上げることができなかった原告たちの事情をどのように判断するのか注目されます。

宮城県の原告「国がきちんと謝罪と補償を」

3日の判決を前に宮城県の原告と家族がNHKの取材に応じ、思いを語りました。

原告の1人、飯塚淳子さん(70代・仮名)は25年以上前から全国に先駆けて国に謝罪と補償を求め続け、裁判が全国に広がるきっかけとなりました。

飯塚さんは「手術がなければ幸せがたくさんあったと思います。この被害を闇に葬られては困ると思い、迷いながらたった1人で声をあげました。ここまで来るのに本当に長く苦しかったです。人生がもうなくなっているので国がきちんと謝罪と補償をするような判決であってほしいです」と話しています。

また、佐藤路子さん(60代・仮名)は、一連の裁判で全国で初めて裁判を起こした知的障害がある佐藤由美さん(60代・仮名)の義理の姉です。

裁判に参加することが難しい由美さんを支え、代わりに裁判に参加し続けています。

路子さんは「間違ったことをしたのだから、謝罪するのが人としても国としても当然のことです。最高裁には最後の砦として、『20年の除斥期間を適用しない』とはっきり明言してもらい、国にはきちんとした謝罪と被害者の救済をしてほしい。日本の福祉や障害者の差別解消に向けて明るい一歩になるような判決を期待しています」と話しています。

これまでの判決 「除斥期間」の判断分かれる 

優生保護法のもとで不妊手術を強制された人たちが国に賠償を求める裁判は、6年前に知的障害がある宮城県の女性が仙台地方裁判所に初めて起こし、その後、全国に広がりました。

弁護団によりますと、これまでに39人が12の地方裁判所支部に訴えを起こし、1審と2審の判決は、原告の勝訴が12件、敗訴が9件となっています。

これまでの判決では、多くの裁判所が旧優生保護法について平等権や個人の尊厳を保障する憲法に違反すると判断した一方、不法行為を受けて20年が過ぎると賠償を求める権利がなくなるという「除斥期間」については判断が分かれました。

最初の判決となった2019年の仙台地裁の判決では、旧優生保護法憲法に違反していたという判断が示されましたが、賠償については国の主張を認め、手術から20年以上たっていて「除斥期間」が過ぎているとして訴えが退けられました。

その後、全国の裁判所でも時間の経過を理由に原告の敗訴が続きました。

おととし2月、大阪高裁が「除斥期間の適用をそのまま認めることは著しく正義・公平の理念に反する」と指摘して初めて国に賠償を命じる判決を言い渡すと、その翌月にも東京高裁が「原告が国の施策による被害だと認識するより前に賠償を求める権利が失われるのは極めて酷だ」として「除斥期間」の適用を制限し、国に賠償を命じました。

これ以降、全国で原告の訴えを認める判決が次々と出されるようになり、去年3月には札幌高裁と大阪高裁が「除斥期間」の適用を制限して国に賠償を命じました。

一方、全国で初めて提訴された裁判は、去年6月、仙台高裁が「除斥期間」を理由に再び訴えを退け、原告側が上告しました。

原告は高齢で、弁護団によりますと、これまでに、全国で訴えを起こした39人のうち6人が死亡しました。

最高裁判所大法廷では、札幌、仙台、東京、大阪の高裁で判決があった5件についてまとめて審理されています。

「旧優生保護法」とは 

「旧優生保護法」は戦後の出産ブームによる急激な人口増加などを背景に1948年に施行された法律です。

法律では精神障害や知的障害などを理由に本人の同意がなくても強制的に不妊手術を行うことを認めていました。

当時は親の障害や疾患がそのまま子どもに遺伝すると考えられていたこともあり、条文には「不良な子孫の出生を防止する」と明記されていました。

優生保護法は1996年に母体保護法に改正されるまで48年間にわたって存続し、この間、強制的に不妊手術を受けさせられた人はおよそ1万6500人、本人が同意したとされるケースを含めるとおよそ2万5000人にのぼるとされています。

国は「当時は合法だった」として謝罪や補償を行ってきませんでしたが、不妊手術を受けさせられた女性が国に損害賠償を求める裁判を起こしたことなどを受けて、2019年に旧優生保護法のもとで不妊手術を受けた人たちに一時金を支給する法律が議員立法で成立、施行されました。

この法律では旧優生保護法を制定した国会や政府を意味する「我々」が「真摯(しんし)に反省し、心から深くおわびする」としています。

そのうえで本人が同意したケースも含め不妊手術を受けたことが認められれば、一時金として一律320万円を支給するとしています。

国のまとめによりますと、ことし5月末までに1331人が申請し、このうち1110人に一時金の支給が認められたということです。

一方、これまで1審と2審で原告が勝訴した12件の判決では慰謝料や弁護士費用など最大で1人あたり1650万円の賠償が命じられ、一時金を大きく上回っています。

公費で手話通訳者を法廷に配置

3日の判決では、最高裁判所は聴覚に障害がある人も傍聴することが予想されるとして、公費で手話通訳者を法廷に配置します。

最高裁によりますと、こうした取り組みは全国の裁判所で初めてとみられます。

裁判所の敷地内にも手話通訳者が配置され、所持品検査などの手続きで傍聴を希望する聴覚障害者をサポートします。

原告の弁護団や支援者はこれまで、障害者が傍聴しやすい環境整備について繰り返し要望していました。

弁護団の関哉直人弁護士は「今まで何度求めても実現しなかった傍聴者向けの手話通訳が実現したのは、本当に大きなことだ。今後、全国の裁判に大きな影響を及ぼすという意味で歴史的な一歩だ」と話していました。